*おサボり…
サボり…にも「お」を付け足すと、上品に…見えません…よね。
「可愛い子には旅…チェコ編」まだ少し続きがあるのですが、ちょっと用事がありまして、まだ数日空けるかもしれません。
大変申し訳ございませんが、何卒宜しくお願い致しますm(_ _)m。 皆様、(出来るだけ)良い連休を!。
| 固定リンク
サボり…にも「お」を付け足すと、上品に…見えません…よね。
「可愛い子には旅…チェコ編」まだ少し続きがあるのですが、ちょっと用事がありまして、まだ数日空けるかもしれません。
大変申し訳ございませんが、何卒宜しくお願い致しますm(_ _)m。 皆様、(出来るだけ)良い連休を!。
| 固定リンク
今回は都合に付き、最小出力モードで、ごめんなさいm(__)m。
低気圧に弱いらしいです…ふぐぐ…。
プラハの地下鉄とトラム(路面電車?)には全く乗らなかったのですが、地上で「無料で見られる」素敵なトラム(路面電車)を撮ったものを載せます↓。
もうかなり古い歌になりますが、ブルーハーツの「TRAIN-TRAIN (トレイン トレイン)」をバックミュージックにして見て下さると、更に嬉しいです(^^)v。
まずヒベルンスカー通りのみ。
建物の間から、ウツボさんのように「ヌオッと」出てくるトラム↓。

そして、冬季を過ぎてしまうと すごく高価になってしまう、ホテルちゃん↓。
『どうしてもそこでなければならない理由』が無ければ、冬季以外は正直泊まれないデス。
お名前部分は、あえてモザイク処理させて頂きましたm(__)m。

でもほら!、すごい芸術的ですよね!!↓。
これは、維持だけでも結構大変だと思われます。
…って、お名前をモザイクしてしまった為に、あまり伝わらない気も…申し訳ございませんm(__;)m。

それで…ですね。
じつわ、このホテルの中で友人と永谷園のカップお粥(かゆ)(商品名ではありません)を美味しく食べていました。
………プラハの素敵なホテルで、永谷園のお粥!!。
………くくぅ、日本人だねえ。
最終宿泊日の夕方、前日と同じくお昼抜きで歩き回っていたのと、翌日朝には出てしまうのでスーツケースの中身整理のためです。
食べたら緊張状態が緩んだらしく動けなくなり、約2時間ほど寝てしまいました。
日本食品を食べたのが、およそ5日ぶりでしたし。
| 固定リンク
風邪でほとんど寝込んでいた状況から脱却?して来ました。
そして今話題の!?映画「鴨川ホルモー」を観て来ました。
え!?チェコ旅行記続けていたのだから、ここは「ワルキューレ」が相場だろうって…?。
…一緒に映画を付き合って頂いた恩人が、笑えるらしいよ?と教えて下さったので、あえて外してみました。
出来るだけ時事ネタは書かないつもりでしたが、「今絶賛話題の彼」も、この映画を観たのかも…と想像してしまいました。
映画じゃないから「雲」も入らないし…。
でも、株価まで左右されることになるとは…。
色々お気の毒です。
映画の方は「や、やられた〜!!、マイリマシタ(降参)m(__)m」というのが個人的な感想でした。
出演者の一人でも恥ずかしがったりすると、観ている側に感染して それで全てブチ壊しとなる、制作する上で大変リスクの高い危険な映画です(あな おそろしや)。
それと…会長が江◯◯之さんに似ていて、個人的に更に雰囲気バッチリでした(*^^*)v。
| 固定リンク
この記事は「可愛い子には旅…チェコ編その22(プラハ「日本へ書籍小包の出せる」郵便局のお話、その2)」の続きです。
2009年3月頭頃の(月)夕方、プラハ・マサリク駅付近の「第8郵便局」にて、「日本へ書籍小包」を出してみる!。
厳密に書くと、更にまた受付郵便局違いを起こして時間をロスします。
なぜそんなことになるかというと、道がゆるやかに入り組んでいている上、プラハ本駅から歩く道なりに見える郵便局の看板の方へ入ってしまったのが、そもそものミス。
大人しくプラハ中心部の「火薬塔」から動けば、ヒベルンスカー通り沿いに、その郵便局の看板は「道の間違えようも無く」見えます。
…でも「第8郵便局」という番号などが、判り易く出ているわけも無いので、要注意です(=_=;)。
ヒベルンスカー通り沿いの「第8郵便局」の看板↓。
奥の方にチラリと「火薬塔」が見える構図、での撮影です。

「第8郵便局」には、建物の壁に「戦時中か何かに、銃で撃たれてしまったらしき郵便局員さんのレリーフ」が あります↓。

税金の掛からない書籍小包が出せる郵便局のレリーフが、これというのも、何だかすごい…。
ここプラハ・マサリク駅付近の「第8郵便局」では、窓口で すんなり「書籍小包」の送付手続きが出来ました\(T∇T;)/。
日本への「書籍小包」方式の包装の仕方や料金などは、「Wold guide」に載っていました。
私が見ていないだけで、他のガイドブックにも載っているかもしれません。
…更に追記、地図は、他のガイドブックと現地の観光案内地図とを合わせて見ると良いです。
そして「正解の郵便マーク」の位置は、ご自身で探して下さいね。
6Kgまで同一料金。
「エコノミー郵便」で280Kcほど(約1,400円)でしたが、明確には、ほんの少し高かったような…詳しくは忘れてしまいましたm(__;)m。
3月頭頃の月曜日夕方に出して、翌週の火曜日、約1週間で到着致しました。

その後、ヒベルンスカー通り周辺の写真を撮りつつホテルへ戻り、気が抜けたらしく2時間くらい動けませんでした(きゅう)。
この記事には更に追記があります。
2009年5月5日アップの『*今度は「プラハの中央郵便局」から「日本へ書籍小包」を出してみる…再び!』を必ず ご参照下さいませm(__)m。
| 固定リンク
この記事は「可愛い子には旅…チェコ編その21(プラハ「日本へ書籍小包の出せる」郵便局のお話、その1)の続きです。
お話を何回かに分けるくらい長くなるなら、ホテルのレセプションで聞いてから出掛ければ、何の問題も無かったじゃん!?と、思われた方。
でもしかし、郵便の便利な日本に住んでいて、ドイツの更に?便利な郵便局事情を知った上では、ドイツの お隣なんだし、そんなに違うものでも…というのが、こちらの考えでした。
日本やドイツは郵便形態が、観光にも適したように整備されているのでは無いでしょうか?。
少なくとも日本では「中央郵便局」と名前が付くなら、それなりに何でも出来そうではないですか。
観光地であるプラハの「中央郵便局」で、なぜ「日本へ書籍小包」が出せないのかが、理解出来ないのです。
ああ、これは「チェコの観光戦略」なのですね〜(T∇T;)ノ*(いや、多分そういう意味では無い…と思いますが)。
「中央郵便局」周辺を本当にグルグルあちこち歩いて、前回のお話で窓口や案内の人に言われた「8」の番地を探しても見当たらず、途方にくれました。
その途中に撮った写真を少し…。
ホテル近くまで戻って行ってしまった「ハリーズ ベルタワー」近くのシナゴーグ。
あまりにスゴイので、撮りました↓。

諦めて当初の目的であるショッピングセンター「TESCO」へ行く為に、ヴァーツラフ広場付近を通過したところにある「雪の聖母教会」らしき門↓。
門に掛けられた黄色い看板は、なぜか近くのレストランの宣伝。

「TESCO」は、ヨーロッパのあちこちに展開しているショッピングセンターらしく、「TESCO」特製のチーズとか、面白いアイデア食材が色々ありました。
しかも友人に幾つか買って頂いてしまいましたm(__)m。
それらの写真は、また後ほど。
実は3冊持って来ていたガイドブックの地図を何回も見ていましたら「第7郵便局」というところだけ郵便局の番号が載っている箇所がありました。
それ以外は、ほぼ郵便マークのみです。
(「トラベルストーリー」に付いている折り畳み式のワイド版街歩きMAPに載っていました。)
ということは、前回のお話で窓口や案内の人に言われた「8番」とは「第8郵便局」のようです?。
…さては、「プラハの本駅にある郵便局か!?」と思い、行ってみましたら…現在工事中の区域に入っているらしく、郵便局は姿形もありません(T=T;)。
この時に、もしかしてショッピングセンターへ行く行程では反対方向だったために行かなかった、ホテル近くの「プラハ・マサリク駅」にある郵便局なのでは?と、思いましたので、何とかチェコ語での聞き方を組み立てました。
その言葉で駅構内にある鉄道インフォメーションで聞いてみましたが、その類の質問は受け付けないと、追い払われ、困って駅構内にある本屋さんの警備員らしき人へ聞いてみることに。
| 固定リンク
チェコの郵便は、その昔「ツノで作られた笛(ふえ)」を鳴らしつつ、馬車だか何かで営業されていたそうで…そのため「ツノ笛(ふえ)」のマークなんだとか。
今回は、2009年3月頭(月)午前、プラハから「日本へ書籍小包」を出しに郵便局へ行くところからお話が始まりますm(__)m。
まずは、これを見るとすでに「問題の郵便局」が判るかも?な地図を↓。

これは『「Word guide」2008年10月1日発行』のガイドブックに、「日本に書籍小包を送る」その梱包等の仕方や料金などが書かれていまして、出国前にこれを読んで、現地で是非(ぜひ)、試したかったのです。
以前他の国に行った際、スーツケースの荷重量が航空的にヤバイ時に、デカイ本を買い込んでしまった上での経験から。
その後のドイツでは郵便局内その場で組み立て可能な、荷作り用の箱まで売られていて、利用したことがあります。
チェコでの このガイドブックでは、税金の掛かる郵便局以外は、「指定の郵便局」のことは書かれていませんでした。
でも「書籍小包が日本へ出せる」ことが書かれているだけで、有り難いことです。
あとは実践するのみ!。
本当はプラハの大型ショッピングセンター「TESCO」へ行って、現地の面白食材等を見たり買ったりする途中に郵便局へ寄って「日本へ書籍小包」を出して、余った時間は観光に費(つい)やそうと思っていました。
この日が、最終宿泊日でしたので。
ところが…ほとんどの時間を「日本へ書籍小包の出せる」郵便局探しに、当てられることになってしまいました(T_T;)。
いやぁ、よく歩いた…友人も一緒に歩かせてしまいましたm(__;)m。
*「日本へ書籍小包」、プラハの どこの郵便局からでも出せるものと思っていたら、大間違い〜。*
1箇所目は、ホテルから比較的近い場所へ。
でもそこは、切手とかが売っている雰囲気は無く、そこで小包を出して見せてみると「あっちにある郵便局へ行って」と、ジェスチャーなどで言っています。
「あっちにある郵便局」は、同じ建物?沿いにあり、行ってみると、そこは規模の大きな「プラハ中央郵便局」でした。
私が最初に入ったところは、郵便局員の詰め所?、のようなものなのかもしれません。
余談ですが、その最初の郵便局の窓口に居た男性は…つい先ほど どこかで派手に転んだか、交通事故に巻き込まれたか、朝っぱらから暴力事件に巻き込まれたのか、顔や頭に ヒドイ擦り傷がありました…何があったんだろう?…(@=@;)ノノ と、ドキドキしつつ小包を見せる私。
言葉は解らないし、その傷に関して全く突っ込めませんでした…。
日本だったら、まず誰かと交代して傷の手当てなんじゃないかな…。
さて、プラハの中央郵便局へ入りましたら、入り口では判らなかった広大なフロアに、窓口も一杯あります。
ここなら問題無くすぐ出せそう!、と思いきや、係りの人に小包を見せると「あちらへ」と、言われているらしき方向が「切手売り場」(多分私の理解の仕方が間違っていた可能性、大!)。
とにもかくにも、その「切手売り場」に並んで、順番が来たので小包を見せてみると、おばちゃまの郵便局員さんが親切に「エイト(8)」と言って、多分「外へ出て、こう行ってね」と、ジェスチャーで言って来ます。
うぐぐぐ…外へ出て8番?、それとも中央郵便局の中で、他に別のフロアがあって、そこが「8番」?。
念のため…他の係りの人にも小包を見せると、「オソト」みたいな事を言って来ます。
後でガイドブックのチェコ語数字を調べてみましたら、チェコ語で「オスム(8)」と言っていたらしいです。
郵便物の出せる郵便局へ行って初めて気が付きましたが…入り口付近に「日本より殺人事件が2倍」と、ガイドブックに書かれていることがよく解るような「郵便局内への持ち込み禁止注意絵」がありました。
その「注意絵の写真」を続きに載せておきます。
| 固定リンク
この記事は「可愛い子には旅…チェコ編その20(プラハのホテルにて、夜の部屋移動)」の続きです。
チェコ入国後、5日目の朝。
最終宿泊日で、次の日はお昼過ぎの便で帰国する予定です。
プラハのホテルへ泊まって、計3回目の朝食を摂りました。
このホテルでは、朝食スタッフの顔も2〜3人、憶えて来ました。
そこでは珈琲を注(つ)ぐ役目をしている一番若い男の子が、多分「今の自分は、これしか出来ないので」と ばかりに、すごく働いているように見えるのでした(他のスタッフさんもバリバリ働いていますけど、その子だけが なぜか特に目立つのです)。
理由は…若いはずなのに動きに無駄が無く、しかも笑顔が宗教的に裏付けされたように「まさに天使」だからです。
営業で この笑顔が出来るのは…信じられない。
あまりにお見事なので、この日の朝、箱根は宮の下にある日本最古のクラシックホテル「富士屋ホテル」でゲットした、藤の花の描かれたキーホルダーをこの人へ貰って頂きました。
その際私は「あなたは将来、ホテル王になりたいの?」とツタナイ英語で聞いてみましたところ、「…!?」「あ、あの…英語よく解らなくて」と英語で 言われてしまいました。
「キング(王)」というのが解らなかったのか、もしくはあまりに突拍子(とっぴょうし)もない事を言われたので、混乱したらしいですm(__;)m。
いやほら私はチェコ映画「英国王給仕人に乾杯!」を、思い出しての行動ですよ(^^)。
一度私達の席から離れて、しばらくして再び戻って来た彼は照れたように「ごめんなさい。私は、お返しするものがありません。どうも有り難う。」と天使の表情で言って来ました。
か、可愛い(*=∇=*)。
…ヨコシマに考えると「これ貰っておきますけど、あなたに身体は触(さわ)らせられないですよ?(@_@lll)ノノ」……なんてね。

そんなホテル朝食のひとときでした。
このお話に関係無いですが、ハートマークの形の珍しいサラミは ほぼ毎回出ていたように思われます。
翌朝の帰国日には この若い男の子はお休みらしく居なかったので、この日渡しておいて正解だったのでした。
……って、この時 冬季でしたのでこのホテル、朝食込みの宿泊代が すごーく安かったのですが…気候の良くなる時期になると、数倍以上跳ね上がるらしいです。
日本の都内の安〜いビジネスホテルより更に下の料金だったのが、いきなり高級ホテル料金になるらしい。
内装外装、設備からしてとても良いホテルなのですけど、さすが立地条件の良いホテル!。
あんまりに安かった時期に行ったもので、つい日本の感覚と勘違いしてしまいました。
雨と曇りの日ばかり続きますが、冬季料金って素晴らしい ∠(=_=)。
「日本へ書籍小包を出せる」郵便局を探せ!は、次回へ回しますm(__)m。
| 固定リンク
この記事は「可愛い子には旅…チェコ編その19(プラハ夜間の天文時計と市街広場)」の続きです。
チェコへ入国後、4日目の夜。
前日、やはり色々あった「チェスキー・クルムロフ」からプラハのホテルへ戻ったばかり。

この日は、朝食後にホテルの内装を撮ってから
このプラハのホテル、お部屋共々全く文句の付けようが無い素敵ホテル。
部屋の隅にホコリも無いくらい、綺麗に大事に管理されているのです。
ですが、唯一このお部屋だけバスルームの換気扇が回っていないらしく、壁から時折り水の落ちる音がして、お部屋の空調も付いたり止まったり…。
冬季ではありますが、それでも、寒気がしたり暑過ぎたりもせず、空気的にも問題ありませんでした。
バスルームを使うと暑くはなりますが、湿度はまだ物足りないという良い感じ。
そう…私がその晩、風呂に入ろうとした時までは……
お風呂を使う仕度をしていたその時、上階からものすごい水漏れのような音が約15分間ほど響きました。
その時22:30分。
バスルームの天井から水が染み出すということは無かったのですが、こちらが2日後の朝にホテルをチェックアウトする時まで、水漏れでひどい騒ぎになるか判りません。
私一人ならば良いですが、やはりちょっと問題が…。
友人にそのことを告げて、とにかくレセプションへ直接行ってこのことを話してみようということで、お部屋近くの荷物運び用エレベーター(普通サイズ)に載り、下の階へ降りました。
すると、急いでいたので友人がスリッパのまま出てきてしまい、お部屋へ戻って靴に履き替えたいとのことで、荷物運び用エレベーターに乗ったまま再び上階へ上ろうとしたところ…
| 固定リンク
この記事は「可愛い子には旅…チェコ編その18(カレル橋を渡って、「3羽のダチョウ」で夕食を)」の続きです。
ものすごい満腹でレストランを出た友人と私は、再び「カレル橋」を渡って旧市街へ戻りつつ夜20:40分近くにプラハの大型ショッピングセンター「TESCO」へ行ったのですが、……既にこちらは閉まっていました。

次の日が最終宿泊日となるので、再度翌日にこちらへ来る事にして、「火薬塔」方面のホテルへ戻ろうとしました。
すると…地図では判らない、下にも道路のある、高架のような道を歩いていて、なんだか今度は暗い細道がずっと続き、焦(あせ)りました。
ここは、一体どこっ!?。
そして、また「天文時計」のある「旧市街広場」へ出ました!?。
なぜこうなるの!?(@=@;)ノノ。
プラハでガイドブックの地図を見る時は、トラム(路面電車)の線路で方向を確認しながら歩いた方が良いようです?。
でもおかげで「天文時計」と「旧市街広場」の綺麗な夜景が撮れましたv。
天文時計を夜21:00過ぎに撮ったものですが、向かいから光が当てられているのか、金色が綺麗に映(は)えて見えます↓。



「旧市街広場」旧市庁舎前の白い27個の十字架は、夜になってから気が付きました↓。
こちらも気になりましたら、ガイドブックで調べてみて下さいませ。


夜になって2つの塔を持つ「旧市街広場」の「ティーン教会」が、更に「グレートマジンガー度(^^)」を増しております↓。
地球がピンチになると、ゴゴゴ…と、動き出すに違いない!!。「天文時計」と連動して。
この後、ホテル近くの中国人さんたちの経営らしい小さなコンビニエンスストアに寄り、ホテルへ戻ったのです。
小さいながらも果物まで置いてあり、結構品揃えが良かったです。
お客様用の素敵なエレベーターで上階へ上がり、部屋へ戻ったのは、夜22:00を過ぎていました。
この時点まではバスルームの回らない換気扇と、付いたり消えたりしているらしい空調以外は特筆すべき異常は無かったのです。
| 固定リンク
しゅ…修正を致しました。
チェコ共和国のプラハでの次の記事を書こうとしていて、現地の観光地図がスキャナーに挟(はさ)んだままだったのに気が付かず…現地での領収書類の中を探していて、見付けたものがありました。
それは、レストランにしてホテル、ホテルにしてレストランである「3羽のダチョウ/U Tri Pstrosu/ウ・トゥシー・プシュトロスー」の、3つ折りパンフレット。
…一体私は、これをどこで手に入れたのだろう…?(忘却)。
少なくともパンフを見て、このレストランにしたわけでは無いので。
そういえば、このホテル内のレセプション近くのトイレに何か紹介紙が置いてあったので、持って行った記憶はありますが…それかな?。
と思って眺(なが)めていましたら、前々回にご紹介した記事「可愛い子には旅…チェコ編その18(カレル橋を渡って、「3羽のダチョウ」で夕食を)」の内容を一部間違えていたことに気が付きました。
このレストラン『「小地区橋塔」をくぐってすぐ右側に』…と書いてしまいましたが、正しくは『「小地区橋塔」の手前で右側に』の間違いでございました。
記憶違いで書いてしまって、申し訳ありませんm(__;)m。
元の記事の問題の箇所は、既に修正済みでございます。
ということで、予定にはありませんでしたがパンフレットの一部を載せておきます↓。
大きいサイズで出ますので、ご注意下さい。

その右側の建物がそれです!。
予定外の展開…m(__;)m。
| 固定リンク
本日は、少し外してみることに致しました。
私は薔薇(バラ)も百合(ユリ)も好きです。(「お花の」お話の方ですよ(^^)念のため)。
私は百合ばかり買ってくるのですが、私のオカンは なぜだか百合がそんなに好きでないらしい。
うちでは安く売っている花屋さんで、セールサービス品のオリエンタルリリーとか、カサブランカを買ったりしています。
百合を買ってくる理由は、やはり良い香りと、華やかさが、脳に良い刺激をもたらすと思っているからです。
日々の緊張の緩和のため。
そんな折りラジオで聞いたこと、と言って「鬱や認知症の防止には、薔薇の香りを嗅ぐと良いっていうから、今度から薔薇を買って来なさいよ」と私に注文を付けて来よりました。
百合は、つぼみが次々と咲きつつ長持ちして、香りの良い大輪でも比較的安価なので、(うちでは)経済的にも良い!と思って買っております。
対して薔薇は大輪でないと香りが良いものは、あまりありません。
(スプレー咲きの小輪の薔薇は、香りがほとんどありません。)
そして大輪は、お家で買うにはやや高価だし、人の集まる暖かい場所に置けばすぐ駄目ぇ〜んになります。
特別な日とか、特別気分の良い日とかに買わないと、経済的に考えると難しい。
でも、「食べられもしないのに花なんか」…と言われていた頃よりは良いのかもしれません(T_T;)。
……!!
すごく古い作品ですが、サムシング吉松先生の素敵ネタを突然思い出しましたv。
| 固定リンク
チェコへ入って4日目の夕方、日曜。
3日目の夜にホテルから歩いて20分圏内の、日本食レストランに行こうとするも…お店が無くなっていたので、他への日本食レストランは時間と体力の都合によりけりとなりました。
その日はユダヤ人地区のシナゴーグ巡りをしていたので、あまり離れた場所まで行く気もなく、旧市街からカレル橋をプラハ城方向へ渡って、橋のすぐ近くというレストラン「3羽のダチョウ(U Tri Pstrosu/ウ・トゥシー・プシュトロスー )」に行ってみる事にしたのです。

ということで「ユダヤ人地区」から、「カレル橋」へ移動しました。
2009年3月1日頃、旧市街広場寄りの「カレル橋」の右側は、工事中でした↓。
対岸に、「カレル城」が見えます。

旧市街側の「カレル橋」入り口の塔↓。
やはりこの形の塔が、プラハのスタンダードらしいです。
統一していて良いけれど…背景を入れないと、どれがどれやら…(^^;)。

橋には…「物乞(ものご)い」さんも、居ました、が…。
地べたにペタっと頭を当てて、身体を震わせながら両手を前へ差し出しているのです、が…。
しかし…、翌日この「物乞い」さんが場所を移動していまして、そこへPOLICEさんがやって来て注意をすると、さっと立ち上がって何事も無かったかのように普通に歩いて去るのです(しかもちょっとスキップ状態で。しかもその後ろ姿の骨格や、筋肉の付き方からして若い男)。
ええと…1種のパフォーマーらしいです。
頭を伏せているのは、顔を憶えられると営業しにくいため(わははは!)。
短めのパーカーの帽子で、頭も隠しています(念入り)。
……。
このパフォーマンスにお金を払うのは、ちょっとなあ……。
…ていうか、このブログ見た方、このパフォーマンスの真似はしないで下さい(すみません、一応、念のためm(=_=)m)。
橋が工事期間中なので露天商さんたちもあまり居ませんでしたが、思ったより橋の横幅が狭いと思いました。
カレル城方向の対岸へ着いた付近辺りから、右側の建物の屋根を撮ってみた写真↓。
理由は、屋根がとても立派だったので v。

上の写真のほど近くに「小地区橋塔」なる立派な塔があり、この塔の手前の すぐ右側にレストラン「3羽のダチョウ(ウ・トゥシー・プシュトロスー)」があるのですが…………。
現実的に この説明がこうやってサラっと書けるのは、橋を渡ってから さんざん道に迷ったからです!(T=Tlll)。
やはりガイドブックは簡略的な地図の書き方をしているのと、多分こちらの「間違った思い込み」のせいで、行ったり来たりウロウロ歩き回りました。
帰国してから気が付いたのですが、今回持って行った別々の会社のガイドブックはこの「U Tri Pstrosu(ウ・トゥシー・プシュトロスー)」のことを、「Word Guide」だと『R(レストラン)』、「地球の歩き方」だと『H(ホテル)』と、表記していました。
実際ホテルにレストランが併設されているため、どちら表記でもおかしくは無いのですが。
友人がなぜか珍しくこの旅行にガイドブックを持って来なかったので、複数のガイドブックを持ってきた私は「Wold guide」の方を友人に渡して、そちらの方に『R(レストラン)』として載っていたのでした。
お名前の由来は、気になりましたら読んで調べてみて下さいね(^^)。
更に追記…「Word Guide」さんには「小地区橋塔」なるものが載っていませんでした(汗)。
「地球の歩き方」さんの方には「小地区橋塔」が載っています。
そして、私は「R(レストラン)」の方で「3羽のダチョウ」が載っていない、「地球の歩き方」を持っていたので……(T=T;)載って無いと、思い込んでいたわけです。
このレストランへたどり着いたのは、夕方18:00頃。
橋を渡りきってから多分45分近く彷徨(さまよ)っていて、お昼前にホテルを出てから歩き通しでもあったのでヘトヘトでした。
ここのお料理はお肉が固めで日本人向けではありませんが、狭い店内ながらも とにかく落ち着きます。
お客が来ると、まず蝋燭を付けてくれますので「えふぶんの、いち」効果が出るようですv。ほええええぇぇ〜……っと、します。

しかもここで今度は「サイモン&ガーファンクル」の「The Sound of silence」が店内で掛かっていました。…ユダヤ人付いてます。
英語メニューの見慣れない文字がある!と、友人が言い、ウエイターさんに聞いてくれました。
すると、そこだけフランス語になっているらしく、「ウサギ肉料理」とのこと。
早速2人で頼んで食べました↓。

うん、日本人向けでは無い お味でした「モグモグ」…。
ウサギさんのお肉は独特の臭いがあるらしく、ローズマリーか何かで消そうとしていて、薬草(ハーブ)臭いです「モグモグ」…。
レモンの上のジャムをソースにからめて食べると、酸味が加わって良い感じ…「モグモグ」…。
多分このソースと豚肉は相性が合うはず「モグモグ」…「ガチッ!」、
この時点で、何があったか当てられた方はすごいです!。
続きには…このお店でのデザートや、お値段なども載せておきます。
| 固定リンク
「モルダウ」と、言えば、中学校辺りで歌わされた記憶がある方もいらっしゃるのでは?、と思います。
歌った事は無いし、知らないと言う方……いや、まあ知らなくても今の生活に多分支障は無いです(^^;)。
「モルダウ」は、チェコ語では「(Vltava )ブルタヴァ」となるようで、「川の名称」です。
この川、田舎の「チェスキー・クルムロフ」にも流れているようです。というか…川の始まりは…どこだかまだ調べておりませんm(__;)m。
「チェスキー・クルムロフ」にもあるブルタヴァ川は宜しければ、地元の観光地図を入れた09/03/27辺りの記事「可愛い子には旅…チェコ編その8(チェスキー・クルムロフ城近くのホテルまで)」を見てやって下さいね。
一応このブログ用に偏(かたよ)らせたチェコの地図も載せておきます↓。

前の記事からの続き…ユダヤ人地区のシナゴーグ巡りで借りたイヤホンガイド返却時間が16:15分までだったので、慌てて戻しに行き、その後「お茶でも?」と言うお話になりましたが、朝10:00くらいまでホテルの朝食部屋にいたせいか あまりお腹も空いていない状態。
名前に特徴のある「3羽のダチョウ」というレストランが気になっていたので、夜ご飯はそこで食べましょう!ということには なっていました。
そのレストランは旧市街からカレル橋を渡り、プラハ城側へ入ってすぐの場所にあるらしく、そこを目指しながら散策観光をすることに。

ユダヤ人地区は「カレル橋」より、「マーネス橋」という橋に近いですので、そこの付近からカレル橋へ移動することにしまして、写真はその行程となります。
この辺りで見られる、黒い3面の時計↓。

なぜだかは判りませんが、この黒い時計を見ると懐かしい気分になりました(T_T)???。
郷愁(きょうしゅう)とでも、言うような。
ユダヤ人地区から信号のある交差点を、マーネス橋の方へ渡った場所なのですが…。
マーネス橋入り口付近から見える、「ブルタヴァ川」と「プラハ城」↓。
船の上でディナーの食べられるらしい「Regina」号。
(だから「懐かしい」と書いたわけではありません。偶然です。)

同じポイントから船の上の鳥さんたち↓。
中には顔の中心部分のみが丸く黒い「猫で言えば、バーマンという種類?の」鳥さんが混じって居ます(^^)。

同じポイントから「カレル橋」を見ます↓。

ベンチもございます↓が、冬季は雨が多いので今イチ座る気になれません(要:ビニールふろしき)。
それ以外の季節は、ここでビールなんて飲んじゃったりして、のんびり涼めて最高でしょうね\(*≧o≦*)/。
旧市街広場にあったものと同じく、ドラゴンのデザインです。

カレル橋付近にある教会も立派です!(多分サルバドーラって書いてある方?)。

……?。
…!。
今回のブログ記事、写真が小さいです。
ユダヤ人地区を出た後の写真は、密度が高い為か?重くなってしまったので、その対処に小さくしています(T=T;)。
でも上の教会の建物の細工、よく見ると…「あ"っ!?」というものもありましたのでUPにしたものを載せておきます。

そういえばチェコでは女性の裸婦像とかを、見た記憶がありません…?。
この画像を編集していて、今気が付きました。
どこかで見ているかもしれませんけれど、もしかしたら…そういうものはあまり置かないようにしているのかも?…。
広場で見掛けるのは、憂いを秘めた表情の(この国の英雄だったりする)しかも格好良い正装の?男性の像ばかり!?。
ほほおー!?(・o・)。
| 固定リンク
思い起こせば約5年前、アメリカの「マルーン5(ファイブ)」という音楽グループの「This Love」という歌がその夏ヒットしていたらしく、企画ツアー参加中のポーランド、リトアニアの観光バスの中で、ラジオから頻繁にその歌が流れていました。
帰国後偶然観たテレビで、この音楽グループと歌の名前を知ったのでした。
同年10月末〜11月頭にドイツへ個人旅行で、やはり強制収容所博物館へ行った際は、全くこの歌は聞けませんでしたが…。
5年後の今年2月末にチェコへ入国して、空港バスに入った途端にラジオから偶然 懐かしいこの歌が聞けた際は、本当にびっくりしたのです。
今回は強制収容所跡の「テレジン」行きは旅程の都合等で最初から諦めていましたが、何かあるかも…と思わずにはいられませんでした(…思い込みですよ)。
その代わり、プラハでユダヤ人墓地は絶対に行こうとしていたのです。
「プラハ・チェコ」の本を手に入れ、その中で、プラハのユダヤ人墓地は混み合っている…という情報が写真付きで紹介されていたので、歴史に疎(うと)い私は実際に見たくなったのです。
そして、そこで実際に何かがありました(…思い込みですってば)。
………しかも、思ったより現実は重かったのでした。

旧市街広場からユダヤ人地区へ入ります(どこが境目なのか、判りませんが)。
…でも、もしかしてもう入っています?的な、風景がありました。
上の写真は、ユダヤ教会「ピンカス シナゴーグ」付近を背にして撮ったものです。
上の写真の左側の建物のドアには、すごい細工デザインのドアが…↓。

…宗教的なデザイン…なんでしょうか?。
そして、「ピンカス シナゴーグ」の入り口付近↓。
道路を真ん中に左側の建物写真も入れました。
道路の奥の方へ見えるのは、対岸にあるプラハ城のようです(今回お城に行かなかったので、よく判らないのです)。

私のプラハでの目的のもう一つ、ユダヤ人墓地を見に行って、写真を撮ってくること…は、「シナゴーグ見学のチケットを買って、有料でユダヤ人墓地も撮影が出来る」ということになるようです。
(シナゴーグ(ユダヤ教の教会)内は撮影禁止です。金髪の人が撮っていても、真似しては駄目です(^^;)。)
6~7箇所あるシナゴーグ巡りで2人で 960Kc(約4,800円)。
2番目のシナゴーグにて、パスポートのコピーと引き換えに英語の「イヤホンガイド」を借ります。2人分で?多分175Kc(約875円)。
イヤホンガイドを借りても英語なので、私の場合は内容のほとんどを理解することが出来ません。
…が、借りて聞かなかった場合に、何か拾える情報があったかもしれないのに!と後悔する事の方がイヤなので。
プラハの「ピンカス シナゴーグ」に入った事のある方はもう体験済みだと思われますが、主に第2次世界大戦時、ナチスドイツの強制収容所で亡くなった方々のお名前がビッシリ書かれている部屋では、友人共に、足元からサワサワ寒気を感じました。
こちらでは、ポーランドにある「アウシュビッツ強制収容所」は、現地の地名の「オシヴィエンチム」と標記されていました。
その他、他の部屋でも、かなり貴重な資料が残されています。
続きには、「ユダヤ人墓地で、出会ったこと」を写真と共に載せておきます。
ある程度 免疫のある方だけ、見て下さいね。
| 固定リンク
今回は「旧市街広場」周りの写真と、旧市庁舎の細かい写真を、「要らなくても」ご紹介致します(^^)/。
まずは、プラハの旧市街の中心地の地図を↓(現地の観光案内地図を加工したもの)。

そしてまずは、「旧市庁舎」の塔の写真をご覧あれ!。
よく見ると、石組みのところと、レンガ組みのところがあるでしょう!?。
当時の建築なのか、修復しつつ保たれた跡なのか、興味が沸くところです↓。

また、その下には例の「天文時計」がありますが、その「天文時計」もUPでよく見ると…何やら細かい文字がビッシリ書いてあったり、狭いところに人の像が入り込んでいたりします。


狭いところに人の像を作っちゃう「オチャメ」さも良いですが、この「細かい文字」が世界が滅びる日をも暗示する「天文学」をあらわしているとすれば…ギャップが 恐ろしい。
これが、この地域独特の哲学とか風刺とかだったりするのでしょうね(^^)。
また、この「天文時計の裏側の建物」は破壊されたけれど、「天文時計」のある塔は 無事残っているところもスゴイですね。

「旧市庁舎は隣りの家々を次々と買い取って広げた」、ということで、建物の外観は違えど旧市庁舎繋がりだったらしき家々。
その外観が違う家の面白い屋根と、家紋?の数々↓。
「串に刺した肉を並べてある」としか思えないデザインの、家紋も有り。

続きには、旧市街広場の周囲にある豪奢な教会の写真などを載せておきます。
窓の鉄格子や、ドア装飾デザインを観たい方は特に必見?。
| 固定リンク
この記事は「可愛い子には旅…チェコ編その13(プラハの天文時計その1)」の続きです。

はるばる「チェコ共和国」に来た最初のキッカケは、この「プラハの天文時計」が観たかったからでした。
「世界が滅びる日をも示す、天文時計」…プラハの天文時計を教えて下さった方は、更に面白い言い回しをして下さいました。
死神のお人形さんが「滅びるぞ〜、滅びちゃうぞ〜」と言って、追い掛けてくる…
と、そう聞いた気がします(^^;)。
怖いけど、何か可愛いぞ!?。
ともかく、その説明が個人的に すごく気に入ってしまったのでした。
というわけで、プラハ旧市庁舎の天文時計の正面写真です↓。

冬季のおかげか観光客もさほど多くは無く、毎正時(例えば9時キッカリとか、10時キッカリとかの1時間ごと)になっても、人で埋め尽くされて見えないということも無く、スリ等に気を付けながらも撮り放題でした。
とっても良い感じのデザインな、天文時計↓。

12星座も描かれているらしい↓。

死神さん、UPで載せます↓。何たって、今回の主役です!。

UPで よく見ると、「鳥避けネット」が張られています↓。
左手に持っているのは「砂時計」で、右手には…鈴?の付いたヒモが握られています。
このヒモは、上の方にある鐘(かね)に繋がっているらしいです。

毎正時になると、死神さんが右手のヒモを引いて下の写真にある鐘(かね)を鳴らします↓。

死神さんの鳴らす鐘の位置UP↓。

お人形さんが動いている時に、何枚か撮ってみました↓。
よく見て下さいね、結構動いているのですよ!。
風邪が治り掛けなのですが、自分て相当な馬鹿だな…と鼻をすすりながら画像編集をしてみました。
うん、我ながらここまでお馬鹿に出来れば、お見事!。
続きには、この旧市庁舎周りの個人的に面白いと思った写真を載せておきます。
| 固定リンク
チェコに入って4日目。
前半は大移動をするため後半の約3日はプラハを拠点にして、この日は特に日曜日であったためプラハ観光をすることに。
(土日曜は人が多い上に運休が多いらしいので、特に個人旅行での大移動は、可能であっても極力避けたいです。…と書きつつ土曜日に移動をして、少し痛い目を見ましたが(^^;)。)
ホテルから憧(あこが)れの「プラハの天文時計」を観に行く途中でカメラ屋さんに入り、無事デジカメさん用の乾電池も手に入れました。
写真は後で撮った「チェコで買った複数の乾電池」です↓。
「COOP特製」のとか、日本の「TOSHIBA」のもありましたよ(説明書きは、さすがに日本語無しでした)。
手前の紙製のパックに、2本ずつ入れられていたりします。

カメラ屋さんの店主さんらしき人に、電池を指差して「バッテリー?」と言ってみましたら、「バーレニー」とか、「バーレニー、ポケット」と、返してくれました(^^)v。
英語だけですと、すぐ通じない場合がありますのでカメラを用意しておくと良いです。
…それと、店主さん店員さんなどが言葉の通じないことと同時に怖がるのは、来たお客さんが「支払い能力があるかどうか?」なんだろうなと、不安げな態度からそう伺えました。
提示されたお金を出した途端に、ホッとした表情になります。
特に観光地だし、結構痛い目を見ているのかもしれませんm(__;)m。
そして東洋人の顔を見ると、一様(いちよう)に現地の皆さん、少し「退(ひ)く」感じになるようです(T=T;)。
これらは、日本国内で逆の立場になった場合を考えて頂ければ解り易いかと思います。
ともかくも、乾電池で動くカメラちゃんは、プラハで復活!。
(実はスーツケースに12連個のアルカリ乾電池を入れておいたことは、睡眠不足で記憶から削除されておりました。)
そして「旧市街広場」という場所にある「旧市庁舎」へ↓。
写真は、「ティーン教会」という教会脇の道から旧市街広場へ入って撮ったものです。

旧市庁舎の建物、上の写真のピンク色の建物右側は、第2次世界大戦の折りに破壊されてガレキが最近までそのまま残されていたはず※なのですが、現在は綺麗に修復されていました↓。
※約5年くらい前に売っていたガイドブックでは、確か「そのまま残されている」と書かれていましたので。
そう、私は約5年前からこの地に来たかったのです。

修復された跡地は、ベンチ等が置かれる憩いの場となっていました↓。

今度は上の「旧市庁舎」写真の左側へ、カメラを回しま〜す↓。

そこへは、憧(あこが)れの「天文時計」がございます↓。

続きは「可愛い子には旅…チェコ編14(プラハの天文時計その2)」へ載せる事に致しました。
どうぞ宜しくお付き合い下さいませ〜m(__)m。
| 固定リンク
この記事は、「可愛い子には旅…チェコ編その11」の続きで、プラハへ戻って翌日のお話です。
チェコ入国4日目に、なります。

「チェスキー・クルムロフ」へ1泊して、1日目と同じプラハ市街中心にあるホテルへ戻って参りましたら、ホテルの部屋がレセプションへ近い階へ下がりました。
そのお部屋は、湿度が低いのでさほど気になりませんでしたが、バスルームの換気扇が回っていないようでした。
バスルームの壁から時折り水のしたたる音は、前日から続いていました。
照明が落ちる…なんて事はありませんでしたが、実は空調も付いたり止まったり…という感じ。
それでも薄ら寒いという事も無い状態。
バスルーム内装も、お部屋の内装も、本当に綺麗そのもの!。
他に文句の付けどころが無いので、やはり翌朝も部屋替えなどせず、そのままにして出掛けました。
すぐにオチに繋がらず、この日ホテルへ戻るまで引っ張ります。
街歩き写真の前に、ホテルの朝食と、すごく素敵な内装、外装とをお楽しみ下さい〜。

この日は…うっかりホテル朝食スタッフの示す席へ案内されるままにしてしまったため、混み合うテーブル席で緊張して、しかも美味しそうに見えない盛り付けをしてしまった…(^_^;)。
ホテルでは、(すぐにセッティングの必要な席以外で)自分の気に入った空いた席があったら「あちらが良いのですけど?」と言ってみましょう。
こちらのホテルでもアメリカンスタイルの朝食でした。
花まるに見えるのは、サラミの周囲にチーズが付いているというもの。





美しいものに言葉は要りまへんな……美しいものは美しいのです〜\(ToT)/。
この次は、「プラハの天文時計」などのお話しになる予定です。
死神が「滅びるぞう〜、滅びちゃうぞう〜」と、鈴を鳴らして追い掛けてくる時計らしいです…?。
| 固定リンク
まだチェコへ入国3日目?の2月末のお話です。

◯1日目ドイツの「フランクフルト空港」経由にて、チェコは「プラハのルズィニェ空港」へ。「空港バス」移動でプラハ中心街のホテルへ1泊。
◯2日目、「プラハ」中心街から鉄道移動。「ターボル」観光経由で、再び鉄道を乗り継ぎ「チェスキー・クルムロフ」へ。「徒歩移動」でチェスキー・クルムロフ城近くのホテルへ1泊。
◯3日目、「チェスキー・クルムロフ」観光後、路線バス移動で「チェスケー・ブディヨビツェ」へ。「チェスケー・ブディヨビツェ」から鉄道移動で「プラハ」へ。
これでもか、これでもか、と、「個人旅行ならでは」の思惑(おもわく)違いとかが既に沢山あったのですが、まだ続きます。
「チェスケー・ブディヨビツェ」から「プラハ本駅」へ戻って来た私達は、1泊目と同じホテルへ向かおうとしますが…方向を間違えて、またしても道をウロウロ(もう既にお約束のごとく…)。
「火薬塔」という目印になる塔と、「これとそっくりな塔」が駅近くに存在するのです。
帰国日に撮った「火薬塔」の写真と、現地観光地図の加工品を追加致しました↓。

違いは、火薬塔は、その下も車が走れる道路になっていて、もう一つの塔は、ただの塔!というもの。
…まだその時は違いが判らなかったので、惑(まど)わされました。
とにもかくにも、更に20〜30分ウロウロしてホテルへ荷物を置き、夕食へと出掛けました。
日本人は、海外では、現地に住む日本人に助けて貰わなくてはならない場合があると考えられます。
(「お金を貸して!」とかは、さすがに駄目ですが)
そこで、ひな祭りも近かったので「ひなアラレ」を日本で買って、現地のホテル近くの日本料理屋さんに夕食を食べつつ、ご挨拶をしようと思って持って行きました。
…が、複数のガイドブックに載っていた「ぷらは田村」さん、多分最近無くなってしまったのですね(T=T;)。
影も形も無くなっていました。
地図の見間違いかと周辺をウロウロすると、元、「ぷらは田村」さんが あったらしき場所に近いレストランのガラス窓に「寿司バーは、あちら」なる地図が貼り付けてありました。
多分「ぷらは田村」さんをめがけて来る旅人や、地元の人たちが、あまりにそこのレストランへ「ぷらは田村は、どこ?」と、聞いて来るので貼り付けたようです。
チェスキー・クルムロフから戻った直後にホテルへの道を間違えて迷い、時間をロスした上でホテルへ荷物を置いて、もう既に22:00になっていましたので、近くの「レストラン・ムハ(ミュッシャ)」へ行く事にしました。
こちらで頼んだ豚肉の「グラーシュ」は、クリーミーで、甘みがあって、お肉が柔らかく、とても美味しかったです。ボリュームがあるので1皿で充分!。

この写真は同行して下さった友人の、乾電池で動くPENTAXカメラちゃんでの撮影ですv。
さすがに綺麗に写っています!。
私の携帯付きカメラちゃんは、「チェスキー・クルムロフの街」と、 移動中の電車内で働き尽くめにしたので腹ぺこらしく、夕食の段階になって「もう撮れないデシュ…」と言われてしまい、撮れませんでした(T_T;)。
でも、プラハはさすがにご飯が高価でした。
ミネラルウォーター1本とビール1本、2人分のグラーシュ+10%のチップ込みで、2人で「561Kc」。
2人分約2,805円(両替料込み換算で1Kc=5円で計算しております。09年2月末。)。
でも日本で地価の高い有名な場所で同じものを頼んだら、この価格にはならないかも…。
さて、再びプラハの初日に泊まったホテルへと戻りましたらお部屋が1階下がっていました。
レセプションに近くなるので下がったのは良いのですが、このお部屋のバスルームは換気扇が回っていないようでした。
乾燥しているので、湿度を気にするほどでは無いのですが、バスルームの壁から水のしたたる音がするのです。壁にシミ等は全く無いのですが、上の階の配管が傷んでいるような…。
レセプションに言ってお部屋を変えて貰おうかな?とは思いましたが、
これが翌日の騒動の前触れになるとは思いも寄らず、
その晩は ぐっすり眠ったのでした。
| 固定リンク
丁度、色々な都合から欲しかった鉄道時刻表(日本のです)。
先日…うっかり買ってしまいました。
だって表紙が他でもない、「アレ」だったから。

一応モザイクで隠して載せます。
……
…
思い出して、もう一つ載せてみる事にしました。
リアル絵の苦手な方は、見ない方が良いです↓。

「仮面ライダー電王」が好きで、「オシリーナこと、秋山 莉奈」さんを知りました。
そして映画「ハッピーフライト」で、「吹石 一恵」さんを知りました。
どちらも大好きなのですが、最初は、区別が付きませんでした(ToT;)。
どちらも すんごいビッジ〜ン!!。
この方たちが もしメーテルで、「付いて来なさい!」と言われたら…
時空を彷徨(さまよ)う電車でも、ハワイ行きの飛行機でも付いて行っちゃうかも…(笑)。
| 固定リンク
この記事は、「可愛いには旅…チェコ編その9(チェスキー・クルムロフからプラハまで)」の続きです。

「Roztyly(ロズティリー)」終着駅からは、地下鉄でA線B線の2つを乗り換つつ約7〜8駅移動しなければ、中心部にあるホテルへ戻れないことがその後判りました。
ホテルのレセプションのお兄ちゃんは、
そして友人は小さいながらスーツケースを持っていて、私は既に本などの入った紙袋が2つに増えていました。
ただでさえ危険だと言われる地下鉄に、動きが取りにくい状態ではお手上げです。
結果…、路線バスは、昨日観光した「ターボル」経由だろうから、「ターボル」まで行って鉄道に乗り換えよう!ということに…。(レセプションのお兄さんに、経由地までは聞いていないところがミソ!(^^;))
そしてホテルから近い方の「Spicak(スピカク)」バス停で、バス待ちしていたのですが、昨日迷っていて見付けたもう一つの少し離れた向かい側のバス停が気になりました。
地図にはこのもう一つのバス停のことは、何も書いてありません。
……見に行ってしまったため、危うく「Spicak(スピカク)」バス停へ来た「プラハ」行きのバスに乗り遅れそうになりました(T=T;)。

チェコの多分田舎のバス停留所にあるコピー紙の時刻表は…あちこち昔の時刻表とかも貼ったままとなっていたり、旅行者にとっては見るのが難しいのです。
そして基本的にチェコ語しか通じないらしい バスの運転手さんに何度も「ターボル!」と、言ってみましたが「行かない」らしく、困った私は近くの途中駅の名前「ブディヨビツェ!」と試しに言ってみましたら、すぐ良い反応が返って来たので「two!」と言いつつジェスチャーをして、切符を2枚ゲットしつつ乗り込みました。
ジェスチャーは、日本で一般的なピースサインですと、海外の方には通じ難くなってしまいます。
基本的にはアメリカ、ヨーロッパでも同様らしいですので、下記の図を憶えて行かれると良いです。
すぐには慣れませんが、通じづらいことを身をもって理解してくれば、出来るようになります。
この運転手さん、数字は英語で言えるらしく「ブディヨビツェ」まで、二人分で64Kcということが解りました。一人分、約160円で、「チェスキー・クルムロフ」→「チェスケー・ブディヨビツェ」まで、所要約25〜30分程度。
すぐ降りられるように一番前の席を陣取っての路線バス移動。田舎町のとっても良い眺めだったのですが、残念ながら写真はありません。
「携帯付きカメラちゃん」はシャッタースピードが遅く、ブレブレ写真が予測されたので。
前から3〜4番目の座席が、シルバーシートになっていますので、それ以外の方、不自由の無い方は、こちらには座らないように注意しましょう。
「チェスケー・ブディヨビツェ」路線バス停留所は、大型ショッピングセンターの屋上にあるようです。
鉄道駅までは、ショッピングセンターから延びている地下道などから徒歩で行けます。
…が、昼でも夜でも出来るだけ歩きたく無いような雰囲気でした。
何も無くても何かヤバそう(犯罪が起き易そうな、薄暗さなのです)。
「チェスケー・ブディヨビツェ」鉄道駅から「プラハ」本駅までは、1等車の切符を2人分買い、電車を待ちます。この時の1等車は、進行方向の前方にあった…ような気がします?。
(追記。1等車で往復したい場合は、09年5月6日の記事を参照して下さいませ。)
所要約2時間40分。1等車での料金320Kc(約1,600円)。
1等車の内装と、車内から見えた夕焼けの写真を少々↓。


途中、若い男の子の車内販売員さんが来ましたので、確か32Kc程のビールを1缶買い…うっかり20Kcのチップを気前よく渡してしまいました。
「しまった!」と、この時は思いましたが…。

プラハ本駅に着いたら、友人が「ドアが開けられない!」と、騒いでおり、それを外から走って来て開けてくれたのは…先ほどの車内販売員君だったのでした(^^;)。
続きには、電車内にあるトイレの構造とかの写真を置いておきます。
| 固定リンク
いよいよ、「可愛い子には旅」に戻りました(実は、あんまり厳密に区分けしておりませんが)。
「色々経験して、大きくなるよ!」という意味で受け取って頂ければ幸いです。
日本人は日本には無い習慣が突如あると、多いに戸惑います。
そして、もともと保守的なため、「内弁慶(うちべんけい)」に走ります(笑)。
…以前ご紹介しましたアメリカ式「ホテルの常識」本を読んで頂けると、少しマシになるかと思います。当ブログ右側のカテゴリー「書籍・雑誌」に入っていますので、興味を抱かれた方は是非!。
なんでこんなこと書くのかって?、経済活性化も兼ねられたら知識共に一石二鳥では無いですか!!。
それでは、本題に入ります。まず地図から↓。

今回は「チェスキー・クルムロフ」→「プラハ」まで、路線バスにて約3時間で戻る予定でした。
しかしその日は土日運行に当たりました。
運行本数は少なくなっているはず…と思い、「チェスキー・クルムロフ」の街の観光散策前に、ホテルのレセプションにて時刻表を出して貰いました。
観光散策中に「チェスキー・クルムロフ」の始発バス停までも歩いてみました。
写真はその散策中に撮ったものです。しばらくお楽しみ下さい。
スヴォルノスティ広場にあるインフォメーションなどの入った建物の、面白い「雨樋(あまどい)?」↓。

冬季の「チェスキー・クルムロフ」も、青空はあまり望めず、写真も暗く撮れていますが良い雰囲気でした↓。

「チェスキー・クルムロフ」の始発バス停までは、少し大きめの道路を横切りますが、そこに日本でもおなじみの「COOP(生活協同組合?)」があったりします。

この付近の住居は、そのお家の建てられた年数が書いてあったりするものが多く見られました。
とっても誇(ほこ)らしげです。
そして写真にあるお家には、太陽の絵らしきものも描かれていたり↓。

UPにしても、ツタが張り付いているので、絵には見えないくらい立体感があります↓。

そして、またしても道に迷いつつ「チェスキー・クルムロフ」始発バス停に到着。 写真は、そのバス停入り口付近から撮影したものです。 ホテルから、ちょっと距離がありました。

結局ここでは無く、ホテルから程近い、次のバス停留所である「spicak(スピカク)」にするのですが…。
実はもう一つ問題がありました。
土日運行のためか、「チェスキー・クルムロフ」→「プラハ」間路線バスの「プラハでの終着停留所」が、プラハ中心部にあるバスターミナル「Praha-Florenc(フロレンツ)」ではなく、見知らぬ地名「Roztyly(ロズティリー)」となっていたのです。
続きは、「可愛い子には旅…チェコ編その10」に書く事に致しました。
これから現地へ行く方でない限り、あんまり楽しめないかもしれませんが何卒宜しくお付き合い下さいm(__)m。
| 固定リンク
よりによってエイプリールフールの日に風邪(かぜ)をひいてしまうとは…。
ということで、一日更新遅れまして申し訳ございませんm(__;)m。
お医者さんには行かずに市販の薬と杏仁豆腐で、咳と鼻水等々を止めてみております。
皆様もお身体には、くれぐれも気を付けて下さいませ。
とにかく睡眠を摂る「寝薬」が一番良いですが。
今回は、「チェスキー・クルムロフ城」の敷地と街の散策、軽い昼食などのご紹介を致します。
次回は、多分こちらの「バス停」のお話になる予定です。
始めはここからバスで3時間掛けて「プラハ」へ戻る予定でしたが…またしても予想していなかったハプニングが!。
待て!次号!!的な、前振り「安穏(あんのん)散策」です(^^;)。
「チェスキー・クルムロフ城」内にあるドアから、外の街が見える場所があります↓。

そこから見える景色もまた素敵なのです↓。

「崖の上のチェスキー・クルムロフ城」↓。
正直すんごい格好良いです!!。


「チェスキー・クルムロフ」御用達(ごようたし)マンホール!↓。
お城近くにある橋の床材、珍しく?木が使われています↓。

この周辺のお土産屋さんは、女の子の喜びそうな細工の細かい貴金属や、価格の安いアクセサリー類等々を取り扱うお店が一杯!!。
今回はお目当てが違うので、一つも買いませんでしたが(^^;)。
私のお目当ては…とにかく「チェコ」に触れてみる事!。
地元の鉄道もバスも体当たりで体験したかったので、個人旅行を選んだということです。
お昼過ぎに複数のガイドブックに載っている喫茶店「ドゥヴェ・ヴドヴィ」に入ってみることに↓。

正面の2つのお人形さんは、グルグルと手回し出来ます。
こちらで頼んでみた物は、続きに載せますね。
| 固定リンク
相当昔のお話。
うちは経済的な余裕が無かったのと、私自身は絵の専門学校に行きたかったけれど「自分で働いて学費を作ってでも!」なんていう根性は無かったので、私の(無い)学力でも入り易そうな製造業の工場に就職した経験があります。
持ったのは1年間!。
目の前で1秒間1万5千回転くらいしている刃物の付いた機械の前で、木に穴を開けたり、溝を掘ったりするのを…眠気と闘いながら消化する毎日。
眠気に負けたり、少しでも油断をすると指を落としたりする危険なお仕事場でした。
そして、オタクな私は会社内社員さんたちの「芸能界と、車(のみ)」の、お話には入り込めず…(^^;)。
何にしろ絵が描きたいのに一生ここには居られない…と思い、その後皿洗いのフリーターに転身。
でも製造業では安給料だったけれども、貯めて上京する足掛かりにもなりました。
こんな芽も出ない使えない奴を1年間も置いてくれて、かの製造業の会社には感謝しておりますm(__)m。
いや、それを書いたら、その他色々なところでお世話になっているので、皆様どこも感謝しております。
そして…今その工場、無いみたいですけど…。
しかも、エイプリールフールの日に「感謝」って書いても、ひょっとして嘘っぽく見えます?(T=T;)。
| 固定リンク