*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」内部その4(宗教的な骸骨様式?と、銀)
この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」内部その3(観光客の服装)』の続きです。
今回は、「全聖人の墓地教会ー納骨堂」の中の、『宗教的な骸骨様式?と、銀』の写真展示です。
骸骨が、骨を口に くわえる形↓。

プラハの「ティーン教会」さんとかにも、頭に砂時計を乗せ、口に骨をくわえた骸骨さんの像があったりします。
柵の中へ入って、左側手前にありました(写真はNGな場所でしたので、記述だけ)。
わりと、あちこちで見られる宗教的な「様式?」のようです。
この骸骨タワーの一番上には、膝(ひざ)に骸骨を乗せた天使の像があったりします↓。

天使の膝上にある骸骨さんのすぐ脇に、ぐにゃっとした鈍(にぶ)い光を放つのは…「銀」の固まり?。
クトナー・ホラは銀の採掘で栄えた街ということで、実は納骨堂にも あちこちに「銀」の飾りがあるのでした↓。

骸骨タワーの間には…更に地下への扉らしきものが↓。

…これは推測でしかないのですが、当初は、この扉から入る地下にご遺骨さんたちが入れられていたのでは?(あくまで推測ですってば)。
この納骨堂内部の四方にある、ピラミッド型に組まれたご遺骨さんたちは1870年以前からあり、その後、前述のチェコの木彫師 フランチーシェック・リントさんによってアールデコ並みに他にも沢山あるご遺骨で装飾されたのでは…?(詳細な記述が無いと、推測したくなってしまう)。
追加:ここで売られている日本語版「クトナー・ホラ」ガイドブックには1511年に、ほとんど目の見えない修道士により、ご遺骨がピラミッド型に組まれた…と書いてありましたが…。
実はピラミッド型に組まれたご遺骨さんたちの仕切り壁にも、骨で描かれた文字がありましたので、実際のところ、何が・いつ・どうなっていたのかは判りません↓。

次は「R」からなる骨文字が仕切り壁に描かれているもの↓。

追加:ピラミッドのご遺骨さんたちの冠(かんむり)も載せておきます↓。

それにしても…歴史ってスゴイです。
イタリアのローマに、やはり通称「骸骨寺」があり、そりゃもう沢山のご遺骨さんたちが集まっていたためか、お部屋をツタ模様などに飾った場所があります。
…そしてここでも、1870年の少し前に「これらのご遺骨を使って、納骨堂の中を飾って下さい」と依頼した人と、依頼された木彫師さんが居た時代があったということで…。
次回は、天井の装飾や、入り口右側にもあった聖杯の形のご遺骨さんたちの写真展示、売店の人から教わった「チェコ語での丁寧なお礼の言葉」…などのお話の予定です。
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