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2009年9月

2009年9月30日 (水)

*09年5月頭頃でのチェコ、「テレジン」(小要塞の門の中の、「レセプション」)

この記事は『09年5月頭頃でのチェコ、「テレジン」(小要塞の門の中の、看守たちの お食事どころ?)』の続きです。


今回は、「囚人」のためのレセプション・登録場所、それとやはり有名な「門」の写真展示です。
…が、その前に私のカメラも?、ヤバイことになっていました。

電池が少なくなっていることを示すランプが、点滅(ToT;)。

しかして…カメラ用の電池が売っていそうにはなく…というより聞く勇気が出なかったため、あきらめが着く所まで そのまま写真を撮る事にしました。
テレジンへは、また来る事を想定して…。

まずはこのブログ用に加工した、小パンフレットの地図から↓。

Photo

今回も、画面に出し放しておいた方が良いです〜。

ここで更に、テレジン強制収容所での現地ガイドさんが増えました。
どちらも若い女性だったのですが、念のため現地ガイドさんの特定出来る写真は抜いて載せることに致しますm(__)m。
そして現地ガイドさんの英語の方が、少し理解し易かったような…。

例えば、テレジン周辺に住んでいる人であっても、ここで起こっていた事については「そんなことは無かった」と、認識を拒否する人も居る…とか。
色々な意味で…ここでも同じなのか…と、思いました。

追加:んじゃ、第2次世界大戦も「やっていないもん!」…とかね(極端)。

地図の 3 番付近から、奥へ向かっての通り道の写真です↓。

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奥の方へ「門」が見えます、あれは…!


テレジンでの、もう一つの有名な「門」↓。

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「ARBEIT MACHT FREI(働きは自由をもたらす)」


ポーランドの「アウシュビッツ」、ドイツの「ダッハウ」と「ザクセンハウゼン」では鉄製の門や扉に 形作られているものが、チェコの「テレジン」では、塗料!!。
牢獄として長年 使っていた場所を、強制収容所として利用したためと思われます。

地図上 3 番に当たる、受付登録するための部屋の入り口↓。

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「Geschaftszimmer※」はドイツ語で「事務室」だそう。

※当ブログではヨーロッパ特有の文字特殊記号を付けて書いておりませんです。

中には確か、訪れた人と執務する場所を隔てる低い木製の柵とか、執務机とか棚とかがありつつ、傘を付けた裸電球が、ぶら〜ん↓。

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傘とコード、当時からあったもの?…のように古そうです。


今度は、地図 6 番の衣料倉庫?へ↓。

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「Kammer」は、ドイツ語で納戸、軍の被服・兵器庫とか。


中へ入ると↓。

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…ここも法廷のような印象…

「Kammer」、「法廷」と言う意味もあるらしいですが…。
…新しく来た囚人の持っていた一般服を、ここで取り上げていた?。

「Kammer」へ入って右側にある、ガラスで仕切られた部屋↓。

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中には、2階へ上がる階段や、机と椅子、暖房器具、そして…小さいながら洗面までありました。


次回、更に「門」の中へ入って行く写真展示の予定でございます…が、数枚撮って写真を撮るのを諦めていたりしますm(__;)m。

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2009年9月29日 (火)

*09年、夏&初秋の オヤジ猫の寝姿

チェコの「テレジン小要塞」での写真が多いため、Web頁を開く負担軽減のためもあり、猫写真を入れる事に致しました。

昨日の『「テレジン」(小要塞の門の中の、看守たちの お食事どころ?)』にて、記述や写真の追加を致しましたので、宜しければ もう一度ご覧になって下さいませm(__)m。

それでは、テレジンの写真記事の合間に不謹慎で大変恐縮なのですが、

猫写真、オヤジ版でございますm(__)m。

まずは長男猫の、オヤジ寝姿↓。

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股の間に湿疹が出来てしまって、まだ作成調節中の「おパンツ(排泄は、出来るようにしてある)」を、はかされて寝ております。
友人に頂いた、薄手の手ぬぐいで作成致しました…が、起きると脱げてしまうため、その後上半身部分も作成する事に…。

次、つい先日、口を開けて ぐっすり眠っているオヤジ次男猫↓。

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…この子は、真性の「オヤジ猫」でございます。

ですが、書き込んだ文字は演出でして、実際にイビキをかいていることは ほとんどありません。
…現在のところ…。

そして次男猫と末娘猫との、体型比較↓。

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双方、大小極端な体つきをしております。


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2009年9月28日 (月)

*09年5月頭頃でのチェコ、「テレジン」(小要塞の門の中の、看守たちの お食事どころ?)

この記事は『09年5月頭頃でのチェコ、「テレジン」(小要塞の門の中へ入る)』の続きです。


今回は「テレジン小要塞」の門を中へ入り、当時の看守たちのお食事どころ?の写真展示です。

まずは、小パンフレットを加工した地図から↓。

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今回の地図は、画面に出しっ放しにしておくと良いです。


門をくぐりつつ、「テレジン小要塞」初期の歴史の宣伝看板↓。

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確か、近くのドアの中に歴史的遺物を置いたお部屋がありました。

門を敷地の中へ入って右を向きますと、トイレのある場所が お待ち申し上げております。

ひとまずツアーの皆んながトイレ休憩です…が、小パンフレットで見ると、32番の位置は、看守の お食事どころって書いてありませんか?↓。

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看守のお食事どころへGO!


確か、左側手前のスロープ付きの場所が「看守の お食事どころ」↓。

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いまや、イヤミのようにトイレになっています*

…いや、もしかして「別の扉」が看守の お食事どころの可能性も…。

現地で辞書を引いている余裕は無いので、この時は この位置付近が、お食事どころだったとは知りませんでした。
トイレの換気扇が「大排気量でございます!」と主張していたのを憶えております。
さすがにここでは、おトイレの中の写真は撮りませんでした。

その奥には、個室がずらり↓。

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こちらも古い建築のせいか雨水管が無いようで、垂れ流し式でした。

この個室の扉と、中味は…↓。

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何らかの待機所だったのではないかと…

独房かと思いましたが、独房の窓が広いガラスということは、ありえない…。

ここで振り返って、看守の お食事どころ付近から屋根を撮りますと↓。

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すこーし曲がっているような煙突と、現在の雨樋と…鉄条網の張られた屋根などが見えます。
色々想像をめぐらしてみたり…。

追加で、この屋根の下部分の写真も↓。

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開けなかったので判りませんが、右側のドアが 看守の お食事どころ…の可能性も…。
もし、この後行かれる方がいらっしゃいましたら、ぜひ確かめてみて下さいませ〜。
…開けられないようになっている可能性もありますがm(__)m。

看守の お食事どころのある場所を出ます↓。

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中央に見えるのが、先ほど入って来たテレジン小要塞の門でございます。
扉は、こちら側にあったのですね〜。


次回は、囚人のレセプションのある建物へ向かう写真展示の予定でございます。

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2009年9月27日 (日)

*09年5月頭頃でのチェコ、「テレジン」(小要塞の門の中へ入る)

この記事は『09年5月頭頃でのチェコ、「テレジン」(小要塞の門直前まで)』の続きです。


今回は、テレジン小要塞の門直前から、門内部へと入った写真展示でございます。

小パンフレットの地図から加工した「小要塞」です↓。

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「SMALL FORTRESS TEREZIN※(テレジン小要塞)」


…やっぱり判りづらい…と思うのは、この「テレジン」の施設?名称。

ドイツに現存するものみたく、ばばーん!と「強制収容所博物館」と書いていないため、書き難く、判りづらいです。

多分、最初の目的が「要塞!」で作られ、小要塞に「牢獄!」が増えて、その次に「ええ土地じゃのう〜 v 。」と、ナチスドイツが小要塞を「強制収容所」として使ったため、後々悪いイメージで有名になってしまったけれど、でも、他動的に使用されてしまっただけなので、小パンフレットのタイトルでも(ここは、あくまで)小要塞(なの!)と、主張するようです。

※当ブログでは、ヨーロッパ特有の文字特殊記号を書いておりません。

でも東洋人である私が「テレジンへ行って来た」と ヒトコト言うだけで、チェコ人の女の子も「強制収容所跡」のことだと判るようです。

それでは、有名な小要塞の門前での写真でございます↓。

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白と黒の縞模様には、潜在的な恐怖を抱きます。

…日本国での お葬式は白黒の縞模様ですが、「ヤブ蚊」の方も思い起こしてしまう、田舎者の私なのです。
思わず、逃げ惑ってしまう…。

ちなみに左側にある「POZOR」の言葉は、

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「 attention ! ; look out ! ; caution ! 」の意味らしいです。

ワンちゃんを連れている方は、注意書きを見てね!ということのようです。

テレジン小要塞の門中へ入る前に、左側を見つつ歩くと↓。

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敷地が かなり広いことが判ります。


そして門の直前↓。

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小川と、鉄条網があるのが判ります。


門の下をくぐっている途中に、テレジンの地図がありました↓。

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現時点の「小要塞」と、後ほど見に行く「大要塞」があります

…実は昨日、恩人の一人に会ってヨーロッパの歴史とか宗教とかを少し教えて頂いていた際、ガイドブックを開いてテレジンのお話しとなり、指摘を受けて「大要塞」の存在も認識したという…。
どこまで、ガイドブックとか見ていないんだ、私!!(@=@lll)。

現地で本まで買ったというのに、ここまで認識が甘いとは。
ツアーも…本当に付いて行った…だけ!…みたいな…(大汗)。

うっ、うっ、うっ(;=;)。


…こ、今回は、この辺で…m(__)m。


次回は、小要塞の門を入った右側の建物の写真展示の予定でございます。

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2009年9月26日 (土)

*09年5月頭頃でのチェコ、「テレジン」(小要塞の門直前まで)

この記事は「09年5月頭頃でのチェコ、ホテルでの朝食場」の続きです。

今回は「テレジン」での写真展示…なのですが…相変わらず調べながら書いております。
……今回は特に、本当にガイドブック見ていなかったのかよ!?と、驚愕しながら書く事になりました(滝汗)。

この日がメーデーであったため、路線バスが運休だったり、「テレジン(強制収容所跡)」の施設自体がお休みであったりしたら?…と、前日宿泊先のホテルでツアーの予約を入れてしまったのも原因だったりします。

あ、これに当てはまるのは私だけです、あくまで↓。
(企画)ツアーの予約を入れてしまうと、安心してしまい、事前に何にも調べなくなってしまう性質の持ち主らしいですm(__;)m。

だって集められて、付いて行けば、帰りの心配も無くて良いのですから。
気を付けるべき所は…集合時間での遅刻と、はぐれないようにすることだけ。


ともかく、このブログ用の位置地図を↓。

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車で、約1時間くらいの場所にあります。

この日はカメラ用の電池を買いにホテル近くのコンビニに行ったら…メーデーのためか、お休みだった!!(@=@;)。
その後、宿泊先のホテル玄関前に8:30分にピックアップされ、ミニバスにてその他各ホテルへ寄って、その日ツアー予約をした人達を次々と乗せていきます。

このツアーで良かったこと…それは…

イタリアのシスターたちが、ツアーに参加していた!


50代くらいの方々3人、灰色のシスター服に、日差しが強いので皆さん黒いサングラス着用で、清楚さにワイルドさも加わって、見ていてドキドキしました。

このイタリアのシスターさんたちが予約を入れたためか、イタリア語と英語でのガイド、ガイドさんは多分イタリア語訛(なま)りの英語で話していました。

そしてガイドさんがイタリア語訛りだとか書く以前に、こちらの勉強不足で、特に歴史や政治などを説明されていると、…全く訳解りません(T=Tlll)。


テレジン…名前の大元がオーストリアのマリア・テレジアから付けられているのですね〜(驚)。
ガイドブックによると「テレジーン小要塞」の場所に、ナチスドイツが強制収容所を作らせたらしい…。

ちなみに「テレジエンシュタット」はドイツ語で、現地では「テレジン」という名前に統一して来ているようです。

小パンフレットの地図などを、加工してみました↓。

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赤色の線が車道、グリーン色が歩道でございます。

テレジン小要塞の、入り口付近↓。

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広大な敷地に並ぶ、ものすごい数の墓石群。
…ここで、あえて、「これがアジア人の墓石たちだったら?」と考えると、更にゾッとします。
当然日本人も、含まれています。

高学歴、低学歴、高収入、低収入者だったりしても全く同じです。

1945年までにお亡くなりになった方が、多いです↓。

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…とはいえ、ご遺体は焼いて捨てられたか、何かに再利用されたかで墓石のみのはずです。
それとも、入っている方も居られるのでしょうか?。

ナンバーのみで、空きの墓石もあります↓。

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…お名前などが判らない人々も、入っているのかもしれません。

ユダヤ教の大きなマーク↓。

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その後ろの壁は、要塞壁を利用したもの?なのかもしれません。

壁の奥には無数の煙突が見えます↓。

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…何だか、不気味に見える風景です。

更に、右へカメラを向けると、壁の手前が堀になっているのが判ります↓。

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向こうに見える橋は、多分先ほどミニバスで渡って来たものらしい…。

そして、テレジン小要塞(強制収容所跡)の入り口が見えて来ました↓。

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この時点で、ハンガリーからの写真枚数3,000枚を越していました。

次回、テレジン小要塞の門から中へ入る写真展示の予定でございます。

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2009年9月25日 (金)

*09年5月頭頃でのチェコ、ホテルでの朝食場

この記事は「09年4月末頃でのチェコ、ホテルで白ワイン(0.187 L)」の続きです。

今回は、フローレンツ駅近くのホテルにて2回目の朝食となりました。

このホテルさんで前日の朝食での記事は、書く際にちょっと勘違いしていて7:30分頃と書いてしまいましたが、…9:00近かったような…。 なぜ時間の差が気になるのかといえば、ブッフェスタイル朝食では

ケーキがあったり無かったりするような、気がするの*。


早めに行っても置いていないかもしれないし、お客さまの予約状況上、その日は出ないものなのかもしれません。

それは生クリームたっぷりとか、チョコレートたっぷりとかいう豪華なものではなく、地元の、もしくは簡易メーカーものの素朴〜なケーキ。
あんまり美味しいものではなかったとしても、ケーキが置いてあるのは嬉しいのです(T =;T)。


ということで、この日の朝食内容です↓。

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ケーキ付いてます v 。

…多分簡易メーカーものだと思われ、甘くてパサパサした感じでしたが、嬉しいものは嬉しいのです!。
前日は確か、見掛けなかった!!。
ヨープレイトは、チェコレート味のものを取ってみました。

しめた!、誰も居なくなったので朝食場の写真を↓。

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ワインのカーヴ風で、お部屋が2つに別れていました。


地下にあるこの部屋、スクリーンもありました↓。

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朝食場以外では、会議室とか、イベントに使われるようです。

ブッフェのセルフサービスお料理置き場↓。

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なかなか、素敵な眺めなのです。


ブッフェの…ケーキ置き場 v ↓。

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なかなか、素敵な眺めなのです!!。


ケーキには、魅了(みりょう)という名の魔力があるに違いないんです!!。


次回、今度こそテレジンでの写真展示の予定でございます。

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2009年9月24日 (木)

*09年4月末頃でのチェコ、ホテルで白ワイン(0.187 L)

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「プラハ・マサリク駅」近くで飲むビール「VELVET」』の続きです。


前回の記事で登場したサラリーマン風の人が私に言った言葉、…実は私の人生そのものを現している!?と思うと…

あなた、一体何者だったんですか〜!!(@∇@lll)/


センターラインはみ出しまくりの、我が人生。

…それはさておき、美味しいビール「VELVET」を飲んで、美味しいフレッシュフライドポテトを食べて、ホロ酔いでホテルへ戻り、…またしても備え付け冷蔵庫の中から今度は白ワインを取り出しました(200ml満たないもの)↓。

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寝酒に飲むんだい!。


表ラベルのアップ↓。

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…読めないけれど、美味しいと良いな♪。


裏ラベルのアップ↓。

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あ、モラヴィアって書いてある! よし、飲むぞ〜!!


………♪


………………(T~T)……。


酸味が強っ…(T~T;)。


白ワインは肉料理に合うという…さすれば、脂質の多いものを一緒に摂れば。

↑うっかり、洋食にも詳しく無いことをバラしてしまった(恥)。
酸味が強かったこともあり、つい…(**;)。

ということで、買って来たチーズをお供にしてみたり↓。

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………♪


………………(T~T)……。


…ワインの酸味が勝(まさ)っている…(T~T;)。


サラミ級の、クセの強い脂質に合うタイプなのかもしれまへん…(T=T;)。


次回は、ホテルの朝食と、朝食部屋の写真展示となる予定…すみません、テレジンは次々回となる予定でございますm(__)m。

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2009年9月23日 (水)

*09年4月末頃でのチェコの「プラハ・マサリク駅」近くで飲むビール「VELVET」

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「プラハ本駅」から、道に迷いつつ 出会ったもの』の続きです。

魅惑的な街、クトナー・ホラからプラハ本駅へ戻り、地下鉄フローレンツ駅近くのホテルへ帰ろうとして道に迷い、コンビニエンスストアらしきお店で道を聞いて、正しい道へ戻ろうとしているところでございます。

このブログ用の「プラハで迷い地図」です↓。

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ピンク色の線が迷った道。
イエロー色が、徒歩で通れないらしい?道。

そして只今 折り返し地点、グリーン色の線にて、「道を聞いたお店」からプラハ・マサリク駅方面へ向かっております。 20:45分頃、雨がほんの小降りになって来ました。

傘を開かなくても良いという余裕が出来たのと 戻る道が長いため、歩きがてらに「ある探し物」がしたくなりました。

実はハンガリー・チェコの旅行へ行く前に、欧州に詳しい恩人の一人からプラハに「ベルベット」という美味しいビールを出す店がある…ただし場所を憶えていないとの情報を頂いており、朝、クトナー・ホラへ行く前にホテルのレセプションで「ベルベット」のことを聞いておいたのでした。

ここでまた、恥をさらしてみたり↓。

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「ベルベット」カタカナでしか知らなかったので(T=T;)。

レセプションのお姉さんは、ビールの名前だという「ベルベット」という言葉を聞いて、メモ帳に書いた「Belbet」を見て、最初「???」でしたが、そのうち私のアルファベット間違いに気が付いて、メモ帳に「VELVET」と書き込んで下さいました(*T∇T*)。

次に『「VELVET」はどこのお店に置いてあります?』、と聞いてみましたら、『判らないけれど、そのビールを置いてある お店の前の看板に書き込んであるから』とのお返事でした。

そして私は、にわか「VELVET」ハンターとなった訳です。


きっと、「なめらかな」ビールに違いない!(≧∇≦)/。


で、クトナー・ホラのホテル「ウ・ルージェ」さんでもメニューを見て、無い…と思い、そんなに簡単に見付かるものでは無いと思っていました。

そしてプラハ・マサリク駅入り口を通り過ぎたら「パーン!」というビール瓶を割る音がして…酔っぱらったおじさんが歩いていたり…その時、多分21:00頃。
やはりプラハの夜は、あまり出歩かない方が良いな…と思いつつ、そのまま少し歩きましたら目の前に良さそうな感じのレストラン&カフェがありました。

私がガイドブックに載っていなくても「良さげ…」と思うお店は、ガラス窓から中がある程度見えて、客層が判る場所のようです。
肩肘張らなくても、良さそうな場所!。

何気に壁に掛かっていたメニュー看板を見ました↓。

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う!? あったけれど、ちょっと高価…

でも、入って頼んでみました。

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う、うみゃい〜 v(*ToT*) 。

高価なのは瓶ビールで出すからとか、色々理由があるらしい。

裏ラベルも撮ってみました↓。

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ス、スロヴァキアのビールだ!!!!。

色々な意味で驚きました(@o@;)。

翌々日知る事になるのですが、「スタロプラメン」チェコの女の子も好きなものらしいですヨ。

ちなみに写真に撮りませんでしたが、フレッシュフライドポテトも頼み…何でこんなに美味しいの????と思いつつ、堪能させて頂きました。

とても良い想い出になりました!。
どうも有り難うございますm(__)m。


その後、お店を出てフローレンツ駅の近くをホロ酔い加減で宿泊先ホテルへ歩いていると、急にサラリーマン風の男性に英語で声を掛けられました。
とはいえ、一定の距離は保ったまま。
相手も少〜しお酒を飲んでいて、良い気分だったようです。

…で、「君は、どうして歩道のセンターラインを歩かないの?」。と聞かれました。

更に「多くの人は、なぜセンターラインを歩くと思う?」と続けました。

私が「?」マークを沢山頭に浮かべていると…

男性:「それは、その方が短距離で道を歩けるからだよ」

私:「……!!!!(T=Tlll)ノノ」 。

思わず頭を抱えました。

この男性は、私の泊まっているホテルより 向こう側のホテルへ泊まっているらしく、同じ方向を歩きつつ妙にフラフラ〜と揺れ歩き(ムービング)している私に声を掛けたくなったらしいです。
最初は驚きましたが、何の気無く声を掛けてくれたのが解り、楽しくなってしまいました♪。

宿泊先のホテル前で、チェコ語で「ドブロウ ノッツ/おやすみなさい〜」と言って、笑顔で別れました。

一応、揺れ歩きしていた理由を「なぜなら、ビールを飲んだから」と述べておきましたが…
実は前日ホテルへ到着した後、まだホテルへ戻るのが2回目で、確認しながら歩いていたためこうなったというのもあります。

プラハ、思わぬ角度からも面白い場所と思うようになりました(^^)。


次回は、…テレジンのお話の予定でございます。

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2009年9月22日 (火)

*09年4月末頃でのチェコの「プラハ本駅」から、道に迷いつつ 出会ったもの

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」からプラハへ戻った電車の外観」の続きです。

魅惑的な街、クトナー・ホラから戻り、プラハ本駅から(地下鉄で)お隣のフローレンツ駅近くのホテルへ戻ろうとしておりました。 時刻は20:15分頃。 20:30頃に日没を迎えるため、お天気が悪いとはいえ まだほの明るいです。

今回は、さすがにマニアな人しか見ないであろう、このブログ用のプラハの一部地図↓。

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道に迷った跡を、自己申告してみた地図です(T=Tlll)。

とはいえ、道に迷っている時点では雨が降っていて地図を広げて見る余裕が無く、ウロ覚えとなっております。
プラハでは建物に住所名称&番号の看板が目の着く所に無いのと、立体交差、高架道路などがあるため「はれ?」と気が付くと、地元の地図を見ても訳の分からない場所を歩いていることがあります。

地図のピンク色の線が、迷って歩いていたもの(ウロ覚えのもの)。

グリーン色の線が、折り返して正しい道を歩いているもの。

イエロー色の線が、要注意、歩行者向きでないらしい道路。

赤い●印が、道を聞いてみたお店や、飲みに入ってみたお店です。

イエロー色の線の道路に入って、フローレンツ駅近くへ行きたかったのですが、…歩道の無い道を避けて適当に歩いたら、(イエロー色の線の道路へ)入れなかったのです。
そして(そのイエロー色の線の)道路の下を迂回する道をぐるっと歩いていたら…道も暗くなって来まして、そのうちどこを歩いているのか判らなくなりました。

「鉄則、路面電車のある道を歩け!」を忘れていた(@∇@lll)。


プラハでは路面電車の線路の無い道をフラ〜っと歩くと、こうなる確立が格段に高くなります(えへ♪)。

そして上り坂にある、住宅街っぽいところに入ってしまいました。
元来た道を歩くより、開いているお店で聞いた方が良さそうで…何かその場で軽く食べられるお店もありましたが…まず言葉が通じるのかが気がかり…。

もう少し坂を登ると右側の確かレンガの建物に、コカコーラの看板を付けたコンビニエンスストアっぽいお店があり、迷った挙げ句そこへ入って買い物がてら道を聞いてみる作戦に出ました。

そこのアルバイト店員らしき、アジア人風のお兄ちゃんは長めの黒髪を後ろで束ねていて、…以前お世話になっていた会社の当時アルバイトさんだった人に、よく似た外観!!(笑)。
珍しい番傘(ばんがさ)持ちの御仁、元気かな?。
その節はお世話になりましたm(__)m。

…と、思いつつ店内を色々物色、レジ待ち客が居なくなるのを待ちつつ、夜食になるものとか確か約800円分ほど買い込みました↓。

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お夜食とか、色々でございます v 。


お会計を終え…ドキドキしながら地図を出して「ここ、どこですか?」と聞いてみました。
すると、お兄さん、英語は あまり話さないみたいでしたが、「ここらへん」と地図を指差して親切に教えて下さいました。

地図上では体感出来ませんが、位置的に、すんごく遠い所まで来てしまっていたのでした\(@o@;)/。

「フローレンツ駅近くのホテルまで戻りたい」と地図位置を示して言うと、お兄さんはイエロー色の線の道路は抜かして、プラハ・マサリク駅方向へ戻りつつ、フローレンツ駅近くのホテルまで行く道を地図に書き込んで下さいました。

しかし私は、「もっと短縮出来る道は無いの!?」と、頑張って、地図上で迂回しない別ルートを書き込んでみましたが、お兄さんは苦笑いしていました(汗)。
言葉より、ジェスチャーとか表情でお話ししていて、実は楽しかったです。

その直後、他の地元のお客さんがレジへ来たので、お兄さんにお礼を言って退散しました。

お兄さん、ご親切にして頂いて どうも有り難うございましたm(__)m。
お店を出ると…ほんの少し先にある道路には路面電車の線路がありまして、鉄則を思い出しました。

そして結局、お兄さんの書き込んだ通りの戻り道を帰ることにしたのでした。


次回は、今度こそ この後「なめらかな」ビールを飲むお話の予定でございます。

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2009年9月21日 (月)

*まだ9月だというのに…

日本国民の祝日?、「敬老の日」だというのに体調を崩して一日寝倒していました(T=T;)。
私にとっては「軽老の日」ですわ(泣)。

赤ちゃんだろうと、10代20代の若い人だろうと、誰しもが一刻一刻 老いて行っています。
常に成長、常に老い(By みとぅを)。

え!?身長が伸びたら?

老化現象だ!!(≧o≦)/


時を止めているのは、お亡くなりになった人のみです(=_=)。

それにしても寒い9月となりまして、数日前から冷え性の末娘猫は「文明の利器」、「電気お座布団」の力を借りてヌクヌクしておりますm(__)m。
パフォーマンスが面白いので、見てやって下さいまし。

最初は、電気お座布団に しがみつくようなポーズ↓。

Photo

あ”あ”あ”、暖かいわああ〜。


次は、だんだん暖まって来たポーズ↓。

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た、たまらないわああ〜 v 。


そして、充分暖まって来たポーズ↓。

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夏よ、夏再来訪なのよ〜!

ビローンと、伸びます。


でももう6歳、これ以上身長は伸びません(横幅は伸びてますが)。
来年からは、シニアご飯(;=;)。


…プラハで道に迷った記事、もう少しお待ち下さいませm(__;)m。

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2009年9月20日 (日)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」からプラハへ戻った電車の外観

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」からプラハへ戻る電車の車窓』の続きです。

今回は夕焼けを眺めつつ、クトナー・ホラからプラハ本駅へ戻った直後の電車外観の写真展示でございます。
…今回は、電車写真のみとしましたm(__)m。


一応このブログ用の路線図を↓。

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車窓から夕焼けを見て感動しつつ戻って参りました、プラハ本駅終着の20:10分頃。
コンパートメントを出て、1等車のドアを開けようとしましたら…

開かない…、いや、開けられない!?(@o@;)//

再度トライしようとしたところで、後ろから若い細身の お兄ちゃんが「開けようか?」と言って来て下さったので、…ちょっと迷いましたが、お兄ちゃんの後ろへ移動してお願いする事に致しました。

かなり力が要るらしいけれど、慣れているらしくスパっと開きました。

「このドア、固いんだよ」と、笑顔で去る若いお兄ちゃん。
こちらも笑顔でお礼を言って、ホームへ降りました。

前回友人とチェスキークルムロフまで往復した際も同じ事がありましたが、1等車はあまり人が乗らないせいなのか?、ドアノブがすごく固いものがあるようです。
…2等車でも同じ固いドアノブに当たるようでしたら…

油差しが必要なのかも…?

その1等車のドアは左側、右側のドアは荷物車を含めた2等車です↓。

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「荷物車の絵表示」は、少し後に載せます〜。

ほんの少し夕焼けっぽい空の中の、電車↓。

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パラパラ雨が降りつつ、でも、ほんのり夕焼け空でした。

ううう、この「 C D 」って書いてある車体が好き…。

荷物車の絵表示と、車体中央に設(もう)けられた荷物用ドア↓。

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…最初見た時、家畜さんたちを入れるドアに見えました*。


この車体は1等車方向へ荷物スペース、残りの半分は 2等車のコンパートメント座席となっているようです↓。

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向こうの方の車体は、色々なカラーバリエーション。


この時は、電車関係の技師らしき方々が 3人ほど、近くで立ち話していて…何で天気の悪い薄暗い中で 写真撮ってんの?という顔で見られましたが、

は、恥ずかしくなんかないんだからね…(*T=T*)。


次回こそ、フローレンツ駅近くのホテルへ戻ろうとして、道に迷うお話の予定でございます。

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2009年9月19日 (土)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」からプラハへ戻る電車の車窓

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」からプラハへ戻る電車にて』の続きです。

ふはははは、プラチナだかシルバーだかの週末です。
とにかく白く光る、レアメタルな休暇に入ったようです。

ということで今回は中世の時代、銀(シルバー)の採掘で栄え、格好良い建築物の揃ったクトナー・ホラからプラハへ戻る際の電車の車窓でございます。

と書きつつ、もう経由地のKolin駅、過ぎちゃっていますけれども…。

クトナー・ホラの聖バルバラ大聖堂で、雲行きが怪しくなったおかげで乗れた電車で4月末、18:59発のものの写真をお送りしております。

このブログ用の鉄道路線図でございます↓。

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Kolin駅を出て、しばら〜くすると見える菜の花畑↓。

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雲行きは厳しいけれど、目の覚めるような一面の黄色!。

向こうの方の空も、明(あか)るんで来ました。

そのうち、どこかの駅を通過します↓。

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通過


…すると向こうの空の、明るみの赤色が強くなって来ました↓。

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夕焼けだ〜!。


向こうの方に夕焼けは見えているけれど、窓には雨水↓。

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き、狐(きつね)の嫁入り〜*。


さすがクトナー・ホラ帰り(^^;)。
クトナー・ホラも、色々な意味で神がかりなイメージとなりました。

この電車の、プラハ本駅到着時間は20:10分。

それにしても、夕焼けが見られるなんて(*・o・*)↓。

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すごく昔の、日曜洋画劇場のテーマメロディを流したい…


映画の内容は…冒頭で、プラハの街の出る「ミッション・インポッシブル」だったり。


するとヘリが、電車を追い掛けて来たり…。


…あ、でもそれプラハじゃないや!(終)


次回は、プラハ本駅からフローレンツ駅近くのホテルへ戻ろうとして道を迷い、とある(なめらかな)ビールを飲みに行ってしまうお話の予定です。

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*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」からプラハへ戻る電車にて

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「聖バルバラ大聖堂」から駅へ戻る』の続きです。


寒い日の夜は…珈琲にシナモンを入れて飲むと、美味しいです。
秋もまだ浅いと言うのに気温が低いし、台風18号は またしても下(南)から迫って来るし、今年は明らかに気候が変です。
皆様もお身体ご自愛下さい〜…へくしょん !!!! =Σ≦)。

…今回は、クトナー・ホラから電車でプラハへ戻る際の写真展示でございます。

このブログ用の電車地図から↓。


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念のため、チェコの電車路線がこれしか無い訳ではありません。
ご興味ありましたらトーマスクック、ヨーロッパ鉄道時刻表をお買い求めの上、眺めてみて下さいませ〜。

…で、私が乗っている電車は「PRAHA - HAVLICKUV BROD - BRNO※」の項目の、Kolin駅での乗り換え無しで約1時間でプラハ⇄クトナー・ホラを行き来出来るものです。
ちなみに、…欧州のことをよく知っている恩人の一人から聞いて、安全対策も兼ねて1等車に乗っています。
※当ブログでは、ヨーロッパ特有の文字特殊記号無しで記事を書いております。

色々な面で欧州を知らない日本人は、1等車の方が安全ということで…。
当然貴重品は、そこであっても身に付けたままですが。
しかし1等車の不便なところは…乗り位置がホームの端っこ左右のどちらかに1つか2つの連結しかないため、大荷物を持っている場合は移動が大変ということ(^^;)。
クトナー・ホラ行きの場合は、行きも帰りもBRNO寄り側に1等車が連結されていました。

そして、今回は誰も同じコンパートメントに乗っていないのを良い事に、写真撮り放題!。

まずは、この電車の1等車の荷棚写真から↓。

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奥行き約40〜50センチ、幅約 2メートル。

こちらもコンパートメントが混雑している場合、充分スーツケースが載せられる棚のようです。

座席はこんな感じのが向かい合わせで3つずつ↓。

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廊下にチェコの地図が貼ってあるのも素敵!。


Kolin駅に停車↓。

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国際線電車では撮りそこねたものが、撮れました v 。


…車内販売は、1時間しかないから来なかったような気がします。
それで、出掛ける際に、ホテルから少し離れたコンビニエンスストアで売っていたシトロンのフレーバーの?微炭酸水を飲んでいました↓。

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美味しいですし、品揃えから人気もあるようです。

下に2枚写っているこの電車の切符と、行きの電車での追加料金受領証も、無事に車内改札を受け終えました。


kolin駅を出ると、川沿いを走る電車↓。

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のどか…


更に走ると、のどかな平地が続きます↓。

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…と、ここまでは本当に、のどかな景色でした。


次回、車窓から見る夕焼けの写真展示の予定でございます。

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2009年9月18日 (金)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「聖バルバラ大聖堂」から駅へ戻る

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、旧市街(「聖バルバラ大聖堂」周りの光景)』の続きです。

クトナー・ホラ旧市街の、「ペスト柱」で背景に見たあの生きているような雲は、「聖バルバラ大聖堂」の外観を撮って回っていましたら、とうとう雨雲に。
ということで、18:15〜20分頃に退散することに致しました。
クトナー・ホラ本駅発18:59分の電車に合わせて、再び約30分掛けて徒歩で戻ることにしたのです。

このブログ用の地図です↓。

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最初は駅までは余裕〜と思って歩きました↓。

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まだ、しつこく写真を撮っていられるほど


そして、やっぱり気になるこの像↓。

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中央の聖人さんの被(かぶ)っているものは…もしや…

ハンガリー由来…なのですかね?。
詳しくはハンガリーの観光案内、ガイドブックに載っている写真などをご覧下さいませ〜。

追加:通称「骸骨寺」で買った、クトナー・ホラの絵地図に、これらの12体の像、それぞれの名前が書いてあり、それによると「St.Ludwig」さんでした。
カタカナでは「ルートヴィヒ」と呼べる人物らしいです。
…で、ドイツ語圏の男性を表すそう…。

…ハンガリー由来では…無い???。


ちなみに、この旅行中は気になるものの写真をとにかく撮りまくり、このブログへ載せる際に、撮った時は気が付かなかったことに気が付いたり、判ったりするのでしたm(__)m。

その1:実は 私がこの像が気になった理由、旅行時は「偉い人が、歯向かう人を縛り上げている…しかも縛り上げられた人が、なんとなくエロチック(男色な意味で)。」

その2:ブログへ載せようか?と、よく見ると、首しかない人が1体ずつ左右に作られていて、結構怖かった…。
実際に、少し前の記事で載せた角度違いの写真は、ここまでしか気が付きませんでした。

その3:更に、今回のブログ記事を書く時点で よく見ると、聖人さんの頭の上に、十字架を載せた帽子(王冠?)があった…。

やはりブログ、素晴らしいツールでございますm(__)m。


クトナー・ホラでの写真は、ここからクトナー・ホラ本駅まで飛んでおります。

雨がパラリ…でなく、パラパラ降って来てしまったため。

そのうち雷が鳴り、強風が吹き、雨がちょっと強く降って来まして、その中を折り畳み式の傘を開いて とにかく早歩きです(ToT;)。
空の中の雲が、ここでは本当に竜に見えるのです!!。
竜さんの写真も、撮っている余裕がありませんでした(T=T;)。

本駅から徒歩約30分…は、旧市街のインフォメーション辺りのことであって、聖バルバラ大聖堂からだと約45分は見積もった方が良かった…のに気が付いたのは、半分歩いてからのことでした(汗)。

本駅へ着いたら、行きの電車で追加料金を受けた受領証と往復の切符を窓口でチェックして貰いたかったのもあり、焦(あせ)りました。

例のスーパーマーケット「Albert」さん横の、歩行者信号機の無い横断道路には、夕方なので車が途切れる事無く走っていましたが、歩行者の為に停まってくれたドライバーさんが居てくださって助かったりm(__)m。

元来た道を 迷わないように忠実に戻り、何とか無事本駅にたどり着いて、切符の窓口チェックを受けて、地下道を抜けて、電車が来る前にホームへ出られました↓。

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ぜえぜえ、…ほっと一息(@=@lll)。


雲行きが怪しくなければ、乗り遅れていた電車↓。

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この電車に もし乗り遅れていたら、(Kolin駅での乗り継ぎ無しの)次の電車は20:59分発。
2時間をこの駅で待つ?いやいや…ありえない、なんてったって本当に周囲に何も無い駅だもの。
間に合わないと判った時点で、多分「ウ・ルージェ」さんへ時間調整のため再度来訪して飲みに入るかも。

するとプラハ本駅着、真っ暗な22:04分…(@o@lll)ノノ。
それからフローレンツ駅近くのホテルへ、多分、徒歩移動…(近いように見えて、実は これがクセモノ)。

…聖バルバラ大聖堂では何も考えていなかったけれど、「早くプラハへ戻らないと、大変だぞ!?急げ、急げ!!」と、クトナー・ホラの神様が追い立てて下さったらしい…(T=T)。

…手の掛かる奴で、すみません…。
クトナー・ホラさん、どうも有り難うございましたm(__)m。

本当にまた行く機会に恵まれた際は、何卒宜しくお願い致します(^o^)/。

クトナー・ホラ、個人的に本気でお勧めな場所だったのでした v 。


次回、クトナー・ホラからプラハへの、電車の中や車窓などの写真展示の予定でございます。

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2009年9月17日 (木)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、旧市街(「聖バルバラ大聖堂」周りの光景)

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、旧市街(「聖バルバラ大聖堂」の、フライング バットレス)』の続きです。

今回も「聖バルバラ大聖堂」…の、周りの光景写真展示でございます。

はっきり言って、こぼれ話編です。

このブログ用の地図から↓。

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行った時間が夕方だったせいでか、特に目立ったのですが、ここの石は太陽光に照らされた部分が黄金色に光って見えます↓。

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影の灰色部分と対比が、くっきり。


奥まった部分に丁度良い感じに光が当たって、明暗の素晴らしい色合い↓。

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4月の夕方18:10分頃のはずです。


セドレツ地区にある通称「骸骨寺」で買った日本語版「クトナー・ホラ」によると、セドレツのシトー派修道院と、地元の銀鉱業者との間で宗教的覇権に関する論争が続いていた時期があり、1388年にシトー派修道院の管轄外に 銀鉱業者が大半を鉱山関係者の寄付によりこの教会を創設、鉱夫の守護聖人である聖バルボラ※に捧げられたそうです。

※通称「骸骨寺」で売っている日本語版「クトナー・ホラ」では「聖バルボラ教会」という名前で書かれています。

銀鉱の盛衰に左右されつつ、建築が途切れつつ、それでも約500年後の1905年に完成をしたこの宗教的建物↓。

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とても立派に誇らしげに黄金色に輝いております


大理石っぽいのも使われています?↓。

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あちらこちらから遠路はるばる、運ばれて来たのですね〜。
鉄柵とかのデザインも素晴らしいです*。

時代を感じる塀↓。

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手ごね、手作りを感じてしまいます(^^)。


…わびさび…の利いた木↓。

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絵になります(@=@)ノ。

チェコにもこういう木があるのですね〜。

…実は写真には撮っていないのですが、先ほどから手に提灯(ちょうちん)を持った親子さんたちが、インフォメーション前に詰めかけて来ていまして、これから何やらイベントがあるようだったのでした。
出来れば何のイベントなのか、見て行きたかったのですが…。

でも雲行きが本格的に怪しくなって来ましたので、これにて退散と思い、もう一度クトナー・ホラの街の遠景を↓。

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段々になっている土むき出し土地は、ブドウ畑でございます。

塀にあった表示板のアップ↓。

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なんと昨年、2008年に取り付けられたものでした。


…と、やっているうちに、パラリと雨が…↓。

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こ、これはヤバい…(・=・;)。

その時、18:20分頃でした。

クトナー・ホラ本駅発、18:59分の電車があり、徒歩約30分?なので雨が降って来たとしても余裕かなあ…なんぞと呑気に思っていました。


次回、クトナー・ホラ本駅へ歩いて戻るお話の予定でございます。
雨さん、どうも有り難う〜な結果となります(^^;)。

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2009年9月16日 (水)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、旧市街(「聖バルバラ大聖堂」の、フライング バットレス)

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、旧市街(「聖バルバラ大聖堂」へ近寄りつつ…)』の続きです。

今回は、ようやく「聖バルバラ大聖堂」の写真などの展示でございます。

しつこいですが、このブログ用の地図です↓。

Photo

私は、クトナー・ホラへ行ったら、この大聖堂の持つ塔部分に幾つもある細い支え柱「飛梁(とびばり?)」を観たかったのです。

なぜならば、それは英語?で

「フライング バットレス」という面白い名前だったから。

フライング バットレスは、綴(つづ)りを 「Flying buttress」と書くようです。
でも私の頭の中では、こんな感じだったのでした↓。

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Wordを変えている所にも、注目です。

直訳して、楽しんでみて下さいませm(__)m。


ともかく、塔の部分に支柱を付けて「寄せて上げている」ため、壁が薄くても耐えられたり、建築上でも美観上でも色々と利点があるもののようです(*^∇^*)。

ということで、「聖バルバラ大聖堂」の屋根部分でございます↓。

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うおお、寄せて上げている!!

しかも、本当に美しい装飾に見えました。

建物自体、優美な曲線も持っています↓。

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シンプルでいて、ゴージャス!


そんな建物のガーゴイルさんたちの中には…↓。

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よく見ると「おじさま」も、いらっしゃいます。

吐いてる、吐いてる〜。

「フライング バットレス」があるため、付けられるらしい長いステンドグラス↓。

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脇の明かり取りの?小窓にも、注目です。


明かり取りの小窓は、極力小さい作りになっています?↓。

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あまりに小さいので「銃眼」のようにも見えたり…

下水管が作られていないか、雨水管だけ作られていないのか、雨水は垂れ流し式のようです。

そして1部、補修工事中だったりしました↓。

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どっちみち入場時間を過ぎていて、中へは入れない(T=T;)。


今回は思ったより感動してしまった「フライング バットレス」で満足させて頂きました。
また今度行く機会がありましたら、宜しくお願い致します〜m(__)m。

そういえば こちら、大聖堂脇にもインフォメーションがありまして、営業時間内でしたら多分トイレも有料で入れるかと思われます↓。

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右側にチラっと見える お家みたいなのが、インフォメーションです。


次回、「聖バルバラ大聖堂」周りの写真展示の予定でございます。

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2009年9月15日 (火)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、旧市街(「聖バルバラ大聖堂」へ近寄りつつ…)

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、旧市街(「石の噴水」から、チラリ「聖バルバラ大聖堂」まで)』の続きです。


今回は、イエズス修道学校横の「Barborska※」という道から「聖バルバラ大聖堂」へ近寄りつつ撮った写真展示でございます。
※当ブログでは、ヨーロッパ特有の文字特殊記号を付けないで書いております〜。

まずは、このブログ用の地図から↓。

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…で、「聖バルバラ大聖堂」を遠景で見た感想は

こんなに感動するものだとは思わなかった(*@o@*)


です。

実は、あまり期待していなかったんじゃなかったのか?というくらい、感動してしまいました。
「筆舌(ひつぜつ)に尽くし難い」って、こういう時に使う言葉なのねと思いました*。

何をどう感動したのか?…書けません。
多分、「神々(こうごう)しさ」を感じてしまったのだと思います。
この私が「神々しい」と、書くなんて信じられない(@∇@)//。

ここで遠景での写真を何枚も撮ったのですが、この感動は伝え難い!。

「感動した!」と、書いておいて何ですが↓。

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注意書きがチェコ語なので、何に注意なのか判らない…。

ひとまず、そこだけ避けておきました。

じりじり近寄ります↓。

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じりじり

左側にある12体の像は「聖バルバラ大聖堂」が完成する前の、1680〜1716年に掛けて作られたらしいです。

その12体の聖人のうちの一つ↓。

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立派ながらも、ちょっと怖い像


「聖バルバラ大聖堂」自体は、資金難で何度も建築が途切れていた時期があるようですので、この12体の像は そういう時代も眺めていたのですね〜↓。

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今では、寄り添っているようです。


…ここで前回の記事でのホテルや、以前の記事での「聖ヤクブ大参事会長教会」の塔に話題を戻します。

前回のホテルさんの、スゴイ立地条件↓。

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12体の聖人像のうち1体が、玄関の真横にあるヨ!!

ホテルとして再開されたら、1部屋は、もれなくこの聖人像の背中が見える?。

そして、このホテルさん所有のものなのか、井戸が↓。

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実際に水が張ってあるかは、判りませんでした。

でも近くにブドウの苗が植わっていましたので、…もしかすると使える井戸なのかも?。

このホテルさんの横から後ろを振り返ると、「聖ヤクブ大参事会長教会」の建物と塔が見えます↓。

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やはり素晴らしい立地条件の、ホテルさん…

この角度からよく見えるのが、もう一つの塔となる予定だったもの。
「聖ヤクブ大参事会長教会」の塔は2つ、同じものが出来るはずが…塔の下に銀の採掘坑道があって地盤が確保出来なかった為に1つだけとなり、右横にある屋根をかぶせられた中途半端な塔モドキさんの姿があるようです。

採掘現場の最盛期があった頃を思い起こさせる、塔モドキさんのお話でしたm(__)m。

少し遠景で見ると、旧市街の丘の傾斜が判ります↓。

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午前はまた違う、すがすがしい色合いなのでしょうね〜*。


次回、「聖バルバラ大聖堂」の外観写真展示となる予定でございます。

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2009年9月14日 (月)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、旧市街(「石の噴水」から、チラリ「聖バルバラ大聖堂」まで)

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、旧市街(パラツキー広場付近から「石の噴水」)』の続きです。

今回は、貯水池を思い切り装飾した「石の噴水」を後にして、「聖バルバラ大聖堂」を目指して歩いて行く過程での写真展示です。

このブログ用の地図から↓。

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今回「クトナー・ホラ旧市街」での目的は、インフォメーション併設の「錬金術博物館」と「聖バルバラ大聖堂」であり…それでも歩いて行く過程で興味をそそられるものが沢山ありました v 。

「石の噴水」周りも歴史的建物だらけのようでしたが、この先も同じく、写真を撮っあっても載せきれないのも残念ですm(__;)m。

「石の噴水」を後にして、先へ進みます↓。

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古そうな車さんも、この街の雰囲気作りに貢献 v 。


ちょっとした目印にもなる、薬屋さん?の看板↓。

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ぬおおお!、ここにもヘビさん〜!!

お薬も錬金術の一種…。

…という道を、ずっと真っすぐ歩きます↓。

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右手に緑地、前方突き当たりに立派な建物の玄関があります。

その立派な建物の、立派な玄関↓。

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デザインが面白いです。
日本にも、明治・大正・昭和初期とかに建てられた銀行とかで、こういったデザインが用(もち)いられていたようで、ここで原型を見た感じです。

手前にある、時代を感じるゴミ入れも良い感じで、「アレ」が、出て来そうです(*^^*)。
雨樋の配水管は、雨水管…は無いのか 垂れ流し式!。

左へ曲がって行きます〜↓。

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「Smiskova※」という道を歩いています。

※当ブログではヨーロッパ特有の文字特殊記号を抜いて書いております。

右へ見える建物が、「イエズス修道学校」だそうです↓。

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とても重厚、立派なデザインで、古そうです。

…実は左側には、広いガーデンを兼ね備えた、木造のレストランもあるのですが…その前で押し車を押した お婆さんが騒いでいたのです。
格好からしてちょっと怖い感じだったので、近寄るまい…と思ったのですが…(T=Tlll)。

そのお婆さん、「今、何時だい?、(午後)6時なのかい!?」って、聞いていたらしい。
よく判らなかったので素通りしようとすると、私の前で両手を叩いて、「あんたに聞いているんだ!」とばかり、何か言って来ました。

指のジェスチャーか、その数字だけ英語で言って来たのかで、時間を聞いているらしいことが判り、…腕時計を向けて見せると、納得してくれました。

…見るからに東洋人でも、お構い無しに時間を聞いて来る お婆さん。
きっと今まで、本当に色々な経験を積んで来たのでしょうね ∠(T=T)。

…と、書きましたが、そういえばプラハの駅とかでも同じく、ジェスチャーで「今、何時?」って聞いてくる おじさんも居ました。
以前イタリアに行った際も、道端で4人くらいで おしゃべりしているご老人たちも同じく。

地続きで色々な人種の人達と長く居る方々は、その場で腕時計を持っている人が目に入れば、人種がどうあれ、その人に時間を聞いちゃうものらしい(^^)。

そのやり取り後、もうすぐ「聖バルバラ大聖堂」が見える位置まで来ました↓。

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突き当たりにある、これまた立派な建物は「FOR RENT(貸します)」となっていて…観光客の減少によるものなのか?とか色々考えちゃいました。
地図コピーでは「ホテル」の標示になっていました。

とにかく、もったいないほどの立地条件、綺麗な建物とガーデンでした(ToT;)。
だれかホテル経営しませんか?マジで。
…この立地条件…観光名所に近いという利点より、駅から遠いのが難だったのかもしれませんが。

そして、ここから右へ視線を向けると↓。

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奥の方へ「聖バルバラ大聖堂」が見えるのです。


次回、多分「聖バルバラ大聖堂」周りの写真展示の予定でございます〜。

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2009年9月13日 (日)

*映画「セントアンナの奇跡」を観ました。

3時間…ということで躊躇(ちゅうちょ)しておりましたが、意を決して。

内容すごく色々詰まっていまして、初めに何があったのか憶えていられなくて、パンフレットで補いました(ToT;)。

個人的にパンフレットは絶対買った方が「お得」な内容だと思いました(映画を観た後で)。
知らなかったことも多いし、生み出された背景もスゴかったので。

画面のデザインや、エンドロールで流れる歌声も好きです。

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あと、この映画の色も好きです。

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2009年9月12日 (土)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、旧市街(パラツキー広場付近から「石の噴水」)

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、旧市街(パラツキー広場付近)』の続きです。

このブログ用の地図から↓。

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…とはいえ、細かい教会名とかが判らない、超アバウトに加工してしまっていますが。

今回は、パラツキー広場のインフォメーションから、聖バルバラ大聖堂方向へ向かい、カフェレストラン「Harmonia」さん脇の猫道を抜けたところから写真が始まります。

左には例の「聖ヤクブ大参事会長教会」の建物と塔が↓。

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本当に目印に良い目立つ建物、パラツキー広場にあるインフォメーションから見ると、南西側に位置します。

そして ここまで来ると、さすがに観光地らしく写真付きの案内板が↓。

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パラツキー広場方向にある「Harmonia」さんの塀に案内板が付いていました。
案内板に従い、「聖バルバラ大聖堂」へ向かって道を歩きます。

おおっ!?結構あちこち案内板があって親切です↓。

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しかも この辺、個人的な萌え建物だらけです v 。


左右前後にある萌え建物で、幸せ過ぎます〜(*^∇^*)↓。

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しかも、傾斜が多くて平坦な道は皆無!。


そういえば、ここには通りの名前の看板もあるのです!↓。

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看板の下の方に、ちゃんと「Kutna Hora※」と書いてあります。

※当ブログでは、ヨーロッパ特有の文字特殊記号は抜いて書いています。

うわ、この辺りの道の記憶が曖昧(あいまい)…確かこのゆるやかに右へ曲がっている道の左側の横道に入ると、クトナー・ホラ旧市街で有名な地ビール屋さん「Dacicky※/ダチツキー」さんの道案内看板が↓。

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実はこの道案内看板を撮っただけで、元の道へ戻りました。

元の道を少し進み、さきほど写真にそれぞれ写っていた黒看板(地面に置いてあったもの)と、壁に付けられていた赤い看板の間にある横道へ入ると、そこから「Dacicky※」さんのピンクの建物が見えます↓。

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黒ビールを飲みに入りたかったけれど…お腹が一杯で…(T=T;)。

道の記述、間違っていたら申し訳ございませんm(__;)m。

ゆるやかに右へ曲がる道を更に進むと、古い建物に囲まれつつ、更に古そうな灰色の何かが見えて来ます↓。

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この「何か」は、異彩を放つ…という感じ。


その異彩を放つものに、スススっと近寄ってみる↓。

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「石の噴水」、王冠のようにも見えます。


少し周りを回ると、ドアも付いていたり↓。

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「1497」と掘ってある箇所が見えますが、通称「骸骨寺」で買ったガイドブック日本語版「クトナー・ホラ」には、集中的な銀の採掘活動により 長いこと飲み水不足で悩んで来た歴史があり、貯水池の一つに1493〜1495年に掛けて、装飾がなされた…とあります。

とにかく、古いようですm(__)m。


水の有り難みを讃(たた)えて、ゴージャスに装飾してみた歴史がここにあるのでしたm(__)m。


次回…多分「聖バルバラ大聖堂」へ着く写真展示の予定でございます。

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2009年9月11日 (金)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、旧市街(パラツキー広場付近)

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」付近から旧市街を目指す(その5/パラツキー広場へ)』の続きです。


ということで17:15分頃、クトナー・ホラ旧市街、パラツキー広場のインフォメーションの入っている建物前まで来ました。

このブログ用の地図で、一応位置確認出来ます↓。

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そして、インフォメーションの入り口でございます↓。

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ああ〜入り口からして超重厚にして、美しいデザイン〜 v 。

そして、「錬金術博物館」も併設されているとか↓。

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ハートから、ヘビさん達が出ているですよ〜!(@∇@)。

と、ウキウキしながら入りましたら…すでに職員さんたちが中を片付けていました。


…17:00にて、閉館だったのでした(;=;)。


職員さんに声を掛けると、このブログで使わせて頂いているクトナー・ホラの地図コピーを下さいました。

この時期は20:30頃までは明るいから…18:00頃まで開いているだろう的なノリで、ガイドブックでの開館時間確認をしていなかったのです(T=T;)。

頂いた地図のコピーを持って、一旦入り口の外へ出て呆然としていましたが、もしかして現地のガイドブックとかがあったらまだ売ってくれるかも?と、図々しくも再度入って聞いてみましたら…

ガイドブックは売っていない(時間切れだっただけかも?)ということで、親切な事に、下の画像のコピーを下さいました↓。

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…英語が得意な方、私の代わりに読んで下さい〜。

うっ、うっ、うっ…クトナー・ホラ、また来なくては!。


ともかく…聖バルバラ大聖堂の外観だけでも見て行かねば!と、クルリとパラツキー広場へ向き直りまして…インフォメーションの入った建物全体を撮るのを忘れました(汗)↓。

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向こうに見える塔は、「聖ヤクブ大参事会長教会」だそう?。

パラツキー広場のインフォメーションから見ると、南西寄りにございます。
この辺りの歴史的建物には1件につき、様々な名前と、発音違い、その訳名が各種ガイドブックや地図で紹介されていて混乱しますので…建物の絵や写真、位置などと照らし合わせて見て頂ければ。

「聖ヤクブ大参事会長教会」は、通称「骸骨寺」で売られていた日本語版「クトナー・ホラ」に出ていた名前です。

こちらで頂いた地図のコピーには、「聖ヤクブ大参事会長教会」左脇の道名をチェコ語で「Jakubska※」と書いてあります。

「聖ヤクブ大参事会長教会」自体は、地図コピーと、通称「骸骨寺」で買ってみた絵地図共に英語で「Church of St. James」と書かれています。

…チェコ語発音で「ヤクブ」、英語発音だと「ジェームズ」???。

※ヨーロッパ特有の文字特殊記号、抜いて書いております。

ひとまず、パラツキー広場の大きな通りを「聖バルバラ大聖堂」方向へ歩きます。

この辺、さすがに建物に普通に付いている門が芸術的↓。

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薄っぺらいデザインも、なかなか素敵。


そのまま歩くと、奇妙なほど細長い像が↓。

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日本語版「クトナー・ホラ」に「ペスト柱」って書いてある?。

ただし、日本語版「クトナー・ホラ」には「ペスト柱」の写真が添えられていないので確認が出来ません〜。
記述は合っていそうなのですが…。
ペストによって6000人以上の市民がお亡くなりになっていったらしく、1714〜1716年にかけて、この伝染病が根絶されることを願って建てられたそうです。

こちらは地図コピー&絵地図には、英語のみで「Plaque column」。

実は、この像の背景の空模様も要チェックなのです。
雲が、まさに「生きているよう」で、何かが沸き起こっている…のが判ると思われます(怖っ)。

像、てっぺんのアップも宜しければどうぞ ↓。

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夕方に撮ったため逆光で真っ黒に写っていまして、細部が判るまで明るく調整しています。
明るく撮りたい場合は出来るだけ午前中とか、早めに行った方が良いみたいです〜。

ここで、良さげな猫道(横道)発見↓。

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くぐって行っても良さそう…?


一応安全確認をして、猫道へ↓。

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建物の脇には、雰囲気のあるカフェレストラン「Harmonia」さんもあったり、良い感じです。


次回…「石の噴水」前後くらいまでの写真展示となる予定でございます。

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2009年9月10日 (木)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」付近から旧市街を目指す(その5/パラツキー広場へ)

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」付近から旧市街を目指す(その4/パラツキー広場の直前まで)』の続きです。

今回、いつにも増して…写真枚数が多いです*。

あと…スーパーマーケット「Albert」さん方向から、パラツキー広場まで、今回が約2センチ手前でした。
以前の記事の距離間違いは、この後、修正を掛けますm(__;)m。

ということで、このブログ用の地図です↓。

Photo

前回の記事での道を右へ曲がると…わおっ!延々続く坂道!↓。

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キツい坂道、他の観光客さんたちも辛そうでした(^^;)。

これがクトナー・ホラ旧市街の醍醐味でもあるのですね。

しばし上ると、開けた場所に出るらしい気配が↓。

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…ぜえぜえ…メタボには辛い…(T=T;;;)。


…ここの雨水管入り口、道幅を確保する為に、バレリーナしている!↓。

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しかも「長靴下」の色違い v 。


右へも道があって、思わずちょっと見たくなってしまう↓。

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こういう横道も好き…

ここにも、良い感じのデザイン照明とかがあったりします↓。

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灯りが付くと、ほわわわん…な感じ、のはず。


と、見回しているうちに17:12分です↓。

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古くて分厚く、懐かしい感じの時計。

パラツキー広場の前に出ました!↓。

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おお!ビートルズのジャケットみたいだ!?(@∇@)。

偶然横切ってくれた人、どうも有り難うございます〜 v 。

インフォメーションの入っている建物の横のドアも、すごく素敵なのです↓。

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…何と言うか…、すごく芸術的な…

しかし…、このドアの真横には実は↓。

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穴が開いているんです(<◎><◎>;)

電気の配線から出火…とかがあったような黒い煤(スス)の痕(あと)。
そして、何かを取り外した跡(あと)のようです。

そんな ちょっと見、廃墟っぽい感じになっている建物ですが…ドアと穴の傍(そば)には、日本由来のものが宣伝されております↓。

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Miss kimono ! ?

ジュードーとかカラテ、アイキドーとかでなく、Kimono…?。

そして、この建物をクルっと右へ曲がると、インフォメーションへの入り口がございます↓。

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ど ど ー ん ! !


圧倒的な、最強のデザインを持つ扉!


このインフォメーションは、錬金術博物館を兼ねているということで、本気で それらしい扉でございます。


次回、このインフォメーションへ入りますが、ガイドブックを持って調べている方には判るオチが待ち構えておりますm(__)m。

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2009年9月 9日 (水)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」付近から旧市街を目指す(その4/パラツキー広場の直前まで)

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」付近から旧市街を目指す(その3/旧市街の直前まで)』の続きです。


ぬうう…またしても関東地方真下辺りに台風12号さんが来ているせいでか…大気とか気圧の影響でなのか、あっちの世界へ持って行かれそうに調子がよろしくないです。むきゅう〜。
皆様も、お身体ご自愛下さいませ〜。

そんな中、本日の日本国は、2009年の9月9日。
…西武鉄道さんでは「銀河鉄道999」の特別切符がセットで売られるようですが、きっとすぐ完売しちゃうんでしょうね〜。

そして永遠に生きられるという、機械の身体を貰いに行っちゃったりするのでしょうね〜(*@o@*)。


お話を戻しまして今回は…多分クトナー・ホラの旧市街へ入ったんじゃないかな?…な場所から写真がスタート致します。

このブログ用の地図上では…「パラツキー広場のインフォメーション」地点から、スーパーマーケット「Albert」さん方向へ約3センチほど手前なのではないか?というアバウトな状態で申し訳ございませんが↓。

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ガイドブックさんの情報では「Masarykova/マサリコヴァ通り」を真っすぐ歩いて来まして、「聖母マリア聖堂」の塔らしきものが大きく見えて来た時点です。

右側に…山吹(やまぶき)色に塗られた建物があり…↓。

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ピカーっと、輝いて見えます v 。

周囲の建物も塗らなくても、実は豪華で重厚なデザインです。
…よくぞ こんな目立つ色で塗ってくれた!的な、対比となっていて面白いです。

歩道側を歩くと、リサイクルもの入れ、ゴミ入れ等が↓。

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そういえば…道端にあまりゴミが目立たず…

偉いです、街の方たちm(__)m。

この道をまっすぐ行き、突き当たりで右へ曲がって しばらく歩くとパラツキー広場へ着きます↓。

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この後は、この道で見える景色写真となります。


まず左側に「聖母マリア聖堂」の塔↓。

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写真を撮っている時点では、塔の名前すら記憶していなかったのは内緒です(T=T;)。
名前は、実物を見て感動して、興味を持つから憶えられるもの!。

「聖バルバラ大聖堂」の場合は「フライング バットレス」という、面白い名前のデザインを持っているため事前に憶えられたくらいです。

そしてやはり格好良い古い建物↓。

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壁の剥(は)がれ加減とか、色の くすみ加減とか、レンガのカドが丸くなっているのとか…たまりません(*≧o≦*)。

次は、何と、色々リアルで格好良い顔のある建物↓。

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顔の像が豪華に見える不思議。

建物を造らせた人とか、この街での偉人・聖人さまとか、…なのでしょうか?。
塗り色も良い感じ。

ピンク色だったら…とか考えると、偉大さよりキュートさが出てちょっと笑えます(^^;)。


ここで、この道を振り返って写真を撮ってみました。
さて、ここで問題です。
下の写真の中に「POLICIE(警察)」があるのですが、どこにあると思われますでしょうか↓。

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実は、繋がっている建物の中に ひっそり看板があったり↓。

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もしかして、極力 目立たない状態にしている…?

…お土地柄、なのですね〜。


次回は、この後 右側へ曲がり、坂道を上って「パラツキー広場」直前までの写真展示の予定でございます。

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2009年9月 8日 (火)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」付近から旧市街を目指す(その3/旧市街の直前まで)

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」付近から旧市街を目指す(その2/ロータリー脱出)』の続きです。


今回は…ただひたすら真っすぐ「Masarykova/マサリコヴァ通り」を歩きます。 …が、ガイドブックなどに「通りの名前」はあっても、「目に付く所に、通り名標識が無い」ので、どこを歩いているのか さっぱり判りません(^^;)。

敵の目を欺(あざむ)くため!?。
敵は、私!?。

…うん、まあ、電車は使ったけれど路線バスを敬遠しましたので、観光客として路線バス分のお金をこの街に落としていませんものね。

ということで、通称「骸骨寺」や、「聖マリア修道院教会」を出て、丸い道路(ロータリー)を抜けた場所から始まり、「パラツキー広場のインフォメーション」まで行かず約3センチほど手前までの写真を載せているはずですので(超アバウトな)…このブログ用地図です↓。

Photo_2

「えっへっへ、ちょっとくらい良いじゃねえかよ〜?」と、右へ行く道路が誘って来ても、真っすぐ歩くのです↓。

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あっ、5時だ…↓。

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おっ、雨水管入り口が、相変わらず便器な?カタチ v ↓。

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クトナホラの雨水管入り口も、他所と一緒のカタチ v 。

確かこの辺り?の塀の一角に、ふいに血を流したキリスト様像がありましたが、色が生々しかったので撮りませんでしたm(__;)m。
ちょっと、ビビりました(T=Tlll)。

道路を挟んで左側視界も、普通の団地や駐車場があったり↓。

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木の色合い対比が、スゴかったり。


右側視界にも…ピンク色!?の木があったり↓。

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タコや、イソギンチャクのように美しい〜。


まだまだ、まっすぐ進みます↓。

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この右側にある、お家のデザインを憶えておきますと、この後面白い事があります v 。

…その前に、左視界に個人的な萌え建物が↓。

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すごく古そうなのです。
何枚か写真を撮りましたが、長くなってしまうので1枚だけ。

これまた古そうな立派な建物なのですが…↓。

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先ほどの建物と、同じデザイン部分があるのです!

同じ建築家さんのデザインなのか、こうしたカタチが流行した時代があったのか…考えると面白いです。

そして、この建物の左側前方視界に旧市街の「聖母マリア聖堂」の塔が大きく見えてきております↓。

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いよいよ旧市街…… か!?


次回、旧市街へ入ります…が、パラツキー広場へはまだ辿り着きませんですm(__;)m。

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2009年9月 7日 (月)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」付近から旧市街を目指す(その2/ロータリー脱出)

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」付近から旧市街を目指す(その1/ロータリー前で、立ち止まる)』の続きです。


今回は、通称「骸骨寺」付近から旧市街へ行く途中に丸い道路(ロータリー)があり、放射状に伸びた道のどれを選べば良いのか判らない状態で立ち止まっているところから、お話が始まります。

ということでクトナー・ホラの加工地図です↓。

Photo

それでも自力で旧市街へ行った方は沢山居るのだから、こ、この道路地図をよく見れば何とか…↓

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そして前方右側には、スーパーマーケット「Albert」さんが↓。

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よくよく見れば道路地図には、何と、この「Albert」さんの名前が書かれています。

でも一番候補に挙がりそうな道に「PRAHA」と書いてあり、「そっちは、プラハとは逆方向のはず…????」との思い込みが、正しい道の選択を邪魔をするのです。

しかし、他の地名に思い当たるものは無く…「PRAHA」の周囲にある文字は「KOSTELEC」…「ええと、…きょ、教会?」、そして「Sentrum」…「え、ええと…中央?かな???」

↓↓


「中央に教会が集まっている、プラハな場所という意味か!?」


文字の日本語訳と意味が合っているかどうかは、別として…

そういうことで、歩行者用の信号機が無い横断歩道前で車の途切れを待ち、地図上では真ん中の道、実際は、ゆるやかに左へ曲がっている道の方へ進みました。

右側にスーパーマーケット「Albert」さんの店舗を見つつ、道を挟んで左側には謎の丸い宗教的建物が見える場所です↓。

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道を挟んで左側にある、丸い宗教的建物


…ともかくスーパーマーケット「Albert」さんの左横まで歩くと、遠くに蜃気楼のように教会の屋根らしきものが幾つか見えます。

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あの蜃気楼に向かって歩くのです。


ああ、ちょっと天国が見えて来ました↓。

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右側にタンポポの花の咲いた、草むらがあるのです。

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ハンガリーと同じく、4月末で既に綿毛までございます。


それ相応に、日差しが暑いのです(※T=T※)。


次回は、道なりに撮った萌え建物などの写真展示の予定でございます。

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2009年9月 6日 (日)

*船酔い?

お仕事と趣味の資料として、建物の中を移動して行く動画を眺めていたら、船酔い状態に…(lll@~@lll)。


しかし、実際に吐いたのは動画を見ていないはずのお猫様。

おおっ、さすが我が息子よ!私の代わりに?(*ToT*)ノノ。

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写真は先日、丁度良い感じの場所で寝ていた時のものです。

お猫様は、吐いた後ケロッとしていました。

…が、動画を撮った後の編集がいかに大事か、よく判りましたm(__)m。
動画のお仕事をする訳では ありませんが、色々な意味で。

そういうことで勉強になる船酔い、有り難かったですm(__)m。


そして当ブログ写真の場合は…自分に、酔っているような…(汗)。

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*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」付近から旧市街を目指す(その1/ロータリー前で、立ち止まる)

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」のお隣「ウ・ルージェ」さんで、ご飯を食べる…の続き』の続きです。

通称「骸骨寺」のお隣のホテル「ウ・ルージェ」さんを後にして、「聖マリア修道院教会」も後にしました(振り返りつつ撮っています)↓。

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これから、旧市街へ向けて歩くのです。


そこで ちょっとデータが重たくて広めの、クトナー・ホラの地図を用意致しました。

注:クリックしますと…しばらくしてから「A4版サイズより、ちょっと広めの地図」が出ますので…「そんな広い地図は見たく無い」という方は、クリックしない方が良いですm(__;)m。

この地図は…クトナホラ旧市街にあるインフォメーションで頂いた地図のコピーで、「クトナー・ホラ本駅」から「聖バルバラ大聖堂」までを、何とか判るようにしているだけのものです↓

Photo

クトナー・ホラ旧市街まで、徒歩約30分ということで

徒歩で行ける距離ならば、何本も無い路線バスを待つ性格では無いので、周囲を眺めながら歩きました。

…この辺り、個人的な萌え建物が一杯で、左側にも↓。

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そして、右側にも…↓。

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大きい立派な建物なのですが…使っているようにも、放置されているようにも見えます。
社会主義になった途端、金持ちのお金も家も没収となった…と、映画で観ましたが、今は…?。

左側に…萌え建物…では無く、サーカスのテントが!?↓。

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よく考えてみれば当然のことですが、ここでも生活をしている方々が居て、サーカスを観て楽しむ時もあるのですよね(^^)。
中世の時代に銀の採掘で栄え、歴史的建造物などが一杯の「観光地」に来ている感覚ですので、「なぜここにサーカス!?」と一瞬思ってしまうのでした。

そして、「はんぺん」と「こんにゃく」な形の道路標識が↓。

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何だろう、この丸いマーク?

…と、思っていましたら、その先の道路標識が↓。

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丸い道路(ロータリー)を回りつつ、放射状に行き先が伸びていて…どれに行っていいのか判りません(@o@;)ノノ。

この時ガイドブックだけが頼りなのですが、旧市街が離れているため、途中の道路地図がありません…(ToTlll)。


次回、この丸い道路(ロータリー)から旧市街への正しい道を選びます。

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2009年9月 5日 (土)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」のお隣「ウ・ルージェ」さんで、ご飯を食べる…の続き

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」のお隣「ウ・ルージェ」さんで、ご飯を食べる』の続きです。

夕方16:00頃でしょうか、新たに来られた宿泊客さんたちは私の目の前の席へ座って、ビールを頼んでノンビリ談笑を始めました。

写真は、まだ宿泊客さんたちの来ていない時のものです↓。

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もう他の土地を観光して来て、ここではビールを飲んで一息付いてからゆっくり観光するのかも。

こちらはお料理を待っている間にビールを空けてしまい、実は2杯目の「ガンブリナス」ちゃんを飲んでいて、良い感じに酔っておりました…↓。

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でも、まだこれから徒歩30分は掛かる先の観光地区まで歩いて、聖バルバラ大聖堂まで行かねばなりません。
もちろん、2杯目「ガンブリナス」ちゃんも飲み干してから

ご馳走さまです〜m(__)m。

お勘定とチップを支払って、トイレに入りました。

すると…何気に見たトイレットペーパーに模様が↓。

Lambi2650

ぎゃーっ、可愛いーー!?

羊ちゃんの図柄の「Lambi」、スウェーデンに本社があるもののようです。

このホテルさんにはトコトンやられましたm(__)m。
と、泊まってみたい…(*ToT*)。


そういうことをしているうちに、16:15分頃?となっていました。
プラハへの戻りの電車は、出来れば暗くならないうちに乗りたいので、さすがに急ぎだしました。

その前に、ホテル近くの お花の木が素晴らしかったので↓。

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ほやほやっとした感じが良い*

でも、データが重過ぎて載せる写真が小さい(汗)。

ということで、今度は お花のアップで↓。

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綺麗で、可憐だ…*


次回は、クトナー・ホラ旧市街の観光地区まで、約30分掛けて歩くお話の予定です。

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*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」のお隣「ウ・ルージェ」さんで、ご飯を食べる…の続き

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」のお隣「ウ・ルージェ」さん』の続きです。

「ウ・ルージェ」さんの周りを歩いて遠目に見て回ってから、そこでご飯を食べる…。
まるっきり警戒心の強い猫じゃ…(汗)。

でも中でお給仕して下さったのが、チャーミングな若い女の子で、ここでも意表を付かれました☆。

お隣は通称「骸骨寺」の墓地なのですが、前述の通り、黒い鳥さんが美声を発して飛び回っていまして、のどかな良い雰囲気なのです。
美声の黒い鳥さんは、「ウ・ルージェ」さんのガーデンレストランと「骸骨寺」の墓地との間にある塀の上も飛び回って歌っていました(癒)。

そんな中での、ガーデンレストラン↓。

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植木等々も お手入れバッチリ!。センスが良いのです。

木類の種類が豊富なのに、なぜか くどく見えない。

英語メニューを広げて、まずは飲み物を…やっぱりビール↓。

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名前が気に入って「ガンブリナス」を頼んでみました。

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泡立ちも素晴らしく、美味しかったです\(T∇T)/

「ガンブリナス」、グラスも格好良いデザインネーム入り。
0.3Lで13Kc(チェココルナ)…日本円にして約65円……ユーロ通貨圏の影響で、数年後にはお値段が跳ね上がっている可能性アリ。

お次ぎは、英語ポークメニュー↓。

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ハンガリーの記事でも書いた通り、疲労回復などのため、豚ちゃん料理を求めてしまいます。

頼みましたのは、「Krakonos steak in potato pancakes」(ヨーロッパ特有の特殊記号を抜いて書いております)。
お給仕して頂いた女の子も英語が苦手らしかったのですが、頼んだものは、「オダンゴのようにまとめられているボールみたいなもの」と両手でジェスチャーして下さいました(*^∇^*)。

それとサラダも。
すでに15:00頃でしたし 作り置きをしていないため、お料理はノンビリ待ちました。

しばらく待つと、とんでも無く良い香りがして来ました。
後で調べてみると、ソレは多分「豚さんの背油(ラード)」の香り。


ビールを飲みつつお料理を待っている間、先ほど私が通った猫道の横の空き地と、ガーデンレストランからお店の間を往復して歩いて行くオジサマが居ました。
何やらたっぷり食料品などの お買い物をして、お店に運んでいるらしい…。

空き地方面のガーデン↓。

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柵の右側に、門があります。

そして私と目が合うたびに、ニコニコしつつ、「楽しんで行って下さいね〜(英語)」と言って下さいました(^^)。
すぐには判りませんでしたが、多分このホテルのオーナーさんらしいです。

そして出されたお料理が、これ!↓。

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美味しそうに撮れなくて、申し訳ないのですが、すんごく美味しかったです(*ToT*)ノノ。

ただし、ポテトパンケーキ(中に豚肉さんが入っています)と書いてある通り 冷えて来ると固くなってしまうので、さくっと頂いた方が良いです。

追加:「Krakonos」をネット検索すると…ホテル名、ビール名が出て来ました。
ビール名では「東ボヘミア地方」のものらしいですが…。
ジャガイモのパンケーキに入った、「東ボヘミアの厚焼豚」っていうことなのかな???。

それにしても…サラダの盛り付けも豪華(^^;)。
美味しかったので全部食べきりましたが、しばらく転がっていたいくらい満腹となりました。
チェコのトマトちゃんは、固めで味がギュッと詰まっていて美味しいのです。


そして私がお料理を食べ終わりかけた頃、数人の来客がスーツケースを引っ張って、やはり空き地方向にある門から、現れました(驚愕)。

…空き地方向に駐車場があるのかもしれません。


次回は、この記事の余話の予定でございます。

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2009年9月 4日 (金)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」のお隣「ウ・ルージェ」さんで、ご飯を食べる…の続き

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」を出た周辺』の続きです。

クトナー・ホラでの遅〜いお昼ご飯を、通称「骸骨寺」のお隣にあるホテル「ウ・ルージェ」さんで摂ろうか どうしようか迷っていて、ホテルの真横にある細い横道を考えつつ歩くことに致しました。

そういうことで、猫道へ入ります↓。

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ほら、猫が歩いていそうな道でしょう!!。

左側は「ウ・ルージェ」さんから続いている、空き地のようです↓。

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田舎の良い雰囲気です(骨抜きにされてしまう〜*)。

ここでクルっと後ろを振り向いて、「ウ・ルージェ」さんの建物↓。

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更に右側へは、通称「骸骨寺」の屋根などが見えます↓。

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…「骸骨寺」本気で来たかった場所なので、すぐには離れ難く、結局再度 墓地へ戻って少し写真を撮ってから お隣の「ウ・ルージェ」さんで ご飯を食べる事にしたのです。

「ウ・ルージェ」さんに入ると、すごくキチンとお化粧をした若くて愛想の良い女の子がお給仕してくれました(写真は、恥ずかしがって断られてしまった)。

レストランは建物内にもあるのですが、ガーデンレストランが売りの一つのようなので、建物の中の道を通って中庭へ↓。

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墓地のお隣で、素晴らしい景色!!\(*T∇T*)/


うん、通称「骸骨寺」は、本気で観光地なんですヨ!。


次回は、ここで色々頼んで出て来たものの写真展示の予定でございます。

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2009年9月 3日 (木)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」を出た周辺

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」内部その5(チェコ語での、丁寧なお礼の言葉)』の続きです。

今回は、通称「骸骨寺(全聖人の墓地教会ー納骨堂)」を出た後の、写真展示となります。
…木とか建物の混合物が増えるとデータが重たくなって、対処のため写真が小さくて残念ですm(__;)m。

通称「骸骨寺」で売っていた日本語版「クトナー・ホラ」の情報を前回の記事に ちょっと付け足しましたので、ご興味のある方は、お手数ですが再度見てみて下さいませ〜m(__)m。
そういえばこのガイドブック、バーコードが無いので…やはり同人誌って感じがします…(^^;)。
個人的に、買って損の無い内容であると思いますが。
(プラハで売っていた他のガイド本は、ちゃんとバーコード付きでしたヨ。)

更に追加:よくよく見ましたら、27頁目に「ISBN」と、ナンバー書いてありました!。
しかも最後に(JAPON)と書いてあったり。
日本語版ということらしいです。

そして、そのナンバーで検索してみましたら…写真無し、チェコ語での羅列のみ!の頁に行き当たり…。
…チェコ国内でのみ流通させているようですので、ナンバーここでは書けなくて申し訳ございません〜。
ぜひ、現地などでお求め下さいm(__)m。
クトナー・ホラ、興味をそそられる場所ですよ〜!!。


通称「骸骨寺」の入り口間近にある門から出て、左側に、またしても…個人的な萌え要素の高い建物が…↓。

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廃墟にしか見えないんですけど…使ってるっぽい?


更にグルっと回って、通称「骸骨寺」の、もう一つの門前↓。

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ラムネ色の建物以降、ホテル「ウ・ルージェ」さんです(多分)。

ホテル「ウ・ルージェ」さんの、前の道に来ました↓。

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ホテル「ウ・ルージェ」さんでは、ガーデンレストランも営業しているらしく…↓。

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ウルケルちゃん(ビール名)の看板〜!!

…どうしよう…ここで食べるか、徒歩30分ほど歩くと着くという観光名所やお店が集まっている場所へ移動して食べるか…迷いました。
ということでホテル前を一旦通り過ぎ…。

そして猫道に目をやってしまう↓。

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猫が好きそうな細い横道には、ついフラっと立ち寄りたくなります(*^^*)。

右側の敷地の石垣、崩れたままにしているのが格好良い↓。

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本気で崩れたまま修復の気配は無く、崩れ落ちた石は跡形も無くなっているのがスゴイ…(^^;)。
…ここで食べるかどうしようか考えるため、猫道をすこーし歩く事に致しました。


次回は、猫道を少し進んで見たり、遅い昼食を摂ってみたりする写真展示の予定でございます。

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*映画「トランスポーター 3」を観ました

…かなり辛口批評のレビューを拝見してから観に行きましたので…準備はOK、楽しめました。

脚本に難あり?ですが、アクションとか、ありえねえ!とか、格好良い〜!とか健在でしたのでトータルで…やはり個人的にえ萌えです。

あと…これまた個人的に好きな、笑える演出があり…ここまでやって頂けるとは!!と喜んでしまいました。
勉強になりますm(__)m。

今回中欧から東欧も出て来ますので、旅人には、くすぐられるものがあります。

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似てないのですが、今回のヒロインちゃんも…カっ飛んでいて、ちょっと お下品で良かったです。


ー 以下、番外 ー


ここのところ、チェコアニメーション映画もレンタルで観る機会があり、ヤン・シュヴァンクマイエル監督の「オテサーネク」を観てぶっ飛びました。

超怖かったデス(T=Tlll)。

Photo_4

本当に、超怖いんですってば!。

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2009年9月 2日 (水)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」内部その5(チェコ語での、丁寧なお礼の言葉)

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」内部その4(宗教的な骸骨様式?と、銀)』の続きです。

それでは、そろそろ「現実界」へ帰ることにして…

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「全聖人の墓地教会ー納骨堂」へ乾杯!

写真は入り口を入って右側にある、ご遺骨で形作られた聖杯でございます。

そうそう、イタリア人さんが改築した建物、天井も素敵なのです↓。

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ぜひ、見上げて下さいね。
素敵な ご遺骨さんたちとの お別れが辛くて、涙がこぼれないように( ; = ; )

入り口付近に飾られ、見下ろしているご遺骨さんたちも、ご苦労様です。

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売店では日本語版の「クトナー・ホラ」というガイドブックも売られていますので、お土産にぜひ!。

追加で「クトナー・ホラ」ガイドブックの外装写真↓。

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右が表紙、左が裏表紙で、裏表紙は地上で銀の加工などを、地下で銀を採掘している人々の絵。

お値段は…日用品では無いため、それなり…同人誌みたいな金額だったと思います(なんじゃそりゃ!)。
他の絵葉書とかと一緒に買って、金額を忘れてしまいました(汗)。

大きさは…現在の映画のパンフレットが、だいたいA4版とすると、その半分位の大きさ。
フルカラー、中とじ、28頁です v 。
薄いし、軽いし、コンパクトなので、重荷になりません。

クトナー・ホラの駅から続く、地図も売っております。
追加:よくよく見たら、駅からの地図ではありませんでしたm(__;)m。
表面は、銀採掘が行われ、繁栄していた当時の主な名所などが集まっている地域の絵地図。
裏面は、クトナホラの主な名所(通称「骸骨寺」も含む)の絵と説明書きでした(英語での解説含む)。


私が行った日は、売店の女性が日本語の挨拶を知っている方でして、質問もしてみました。

複数のチェコのガイドブックを見ると、「有り難う」という言葉をチェコ語で「ジェクイ」または「ジャクユ グァム」、もしくは両方書かれていて、どっちを言ったら良いの!?と混乱します。

え!?「長い方が、丁寧に決まっている」!?。


…まさか!(笑)。

…そんな、単純な!?(笑)。


…その通りでした(@o@)ノノ。


「ジェクイー」は、「有り難う」
「ジェクユ グァム」は、「有り難うございます」


と、ここで教えて頂きました v 。

思ったより広くは無い「納骨堂」でしたが、1時間強ほど じっくり拝見させて頂きました。

「どうも、ジェクユ グァム!」

「ナスフレダノウ〜(さようなら)!( ; o ; )/」


今思い出しても、素敵な場所でした。


次回は、再び「納骨堂」の外での写真展示の予定です。

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2009年9月 1日 (火)

*09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」内部その4(宗教的な骸骨様式?と、銀)

この記事は『09年4月末頃でのチェコの「クトナー・ホラ」、「骸骨寺」内部その3(観光客の服装)』の続きです。

今回は、「全聖人の墓地教会ー納骨堂」の中の、『宗教的な骸骨様式?と、銀』の写真展示です。

骸骨が、骨を口に くわえる形↓。

2400

プラハの「ティーン教会」さんとかにも、頭に砂時計を乗せ、口に骨をくわえた骸骨さんの像があったりします。
柵の中へ入って、左側手前にありました(写真はNGな場所でしたので、記述だけ)。
わりと、あちこちで見られる宗教的な「様式?」のようです。


この骸骨タワーの一番上には、膝(ひざ)に骸骨を乗せた天使の像があったりします↓。

2462

天使の膝上にある骸骨さんのすぐ脇に、ぐにゃっとした鈍(にぶ)い光を放つのは…「銀」の固まり?。

クトナー・ホラは銀の採掘で栄えた街ということで、実は納骨堂にも あちこちに「銀」の飾りがあるのでした↓。

2554


骸骨タワーの間には…更に地下への扉らしきものが↓。

2457

…これは推測でしかないのですが、当初は、この扉から入る地下にご遺骨さんたちが入れられていたのでは?(あくまで推測ですってば)。

この納骨堂内部の四方にある、ピラミッド型に組まれたご遺骨さんたちは1870年以前からあり、その後、前述のチェコの木彫師 フランチーシェック・リントさんによってアールデコ並みに他にも沢山あるご遺骨で装飾されたのでは…?(詳細な記述が無いと、推測したくなってしまう)。

追加:ここで売られている日本語版「クトナー・ホラ」ガイドブックには1511年に、ほとんど目の見えない修道士により、ご遺骨がピラミッド型に組まれた…と書いてありましたが…。

実はピラミッド型に組まれたご遺骨さんたちの仕切り壁にも、骨で描かれた文字がありましたので、実際のところ、何が・いつ・どうなっていたのかは判りません↓。

P2502


次は「R」からなる骨文字が仕切り壁に描かれているもの↓。

R2446

リントさんのお名前…か、どうかまでは判らず。


追加:ピラミッドのご遺骨さんたちの冠(かんむり)も載せておきます↓。

2520

何で冠を付けちゃったのか、解る気がしますm(__)m。


それにしても…歴史ってスゴイです。

イタリアのローマに、やはり通称「骸骨寺」があり、そりゃもう沢山のご遺骨さんたちが集まっていたためか、お部屋をツタ模様などに飾った場所があります。

…そしてここでも、1870年の少し前に「これらのご遺骨を使って、納骨堂の中を飾って下さい」と依頼した人と、依頼された木彫師さんが居た時代があったということで…。


次回は、天井の装飾や、入り口右側にもあった聖杯の形のご遺骨さんたちの写真展示、売店の人から教わった「チェコ語での丁寧なお礼の言葉」…などのお話の予定です。

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