*ウグイス自転車おぢさん…だワン?
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この記事は『09年5月頭頃のチェコのルズィニェ空港、搭乗前のリトアニア特集パネル展示見学その18「Lithuania's modernization」』の続きです。
本日の関東地方は雨が降っていて、寒いですね![]()
。
皆様も風邪等ひかないよう、お身体ご自愛下さいですワン
。
今回は写真を撮り始めて19枚目のパネル、「The decline of Lithuania」でざいますワン
ノ。
衰退しちゃう頃
の項目らしいですが、このパネルもアップ目で撮った写真が無く、小さい説明文は ほとんど潰れて読めないため、特にズラリと並んだモノクロの闘いの絵らしきものは全て割愛致しましたワン![]()
。
それではチェコとリトアニアと周辺国の入った地図ですワン↓。

今度はリトアニアの地図ですワン↓。

「The decline of Lithuania」のパネル全面ですワン↓。

にぎやかに見える理由の一つであろう左下部の絵ですワン↓。

更に、右下部の絵ですワン↓。

これだけギャラリーがいらっしゃれば、そりゃ にぎやかに見えますワン。
って、この方々…リトアニア歴代の支配層なのでしょうか
?。
今では良きデザイン画の一部ともなっていらっしゃいますワン。
ということで、このパネルの英文説明を拡大したものですワン↓。

リトアニア大公国とポーランド王国との合わせた力が、15世紀の1400年代には中央・東ヨーロッパまで及んでいたけれど、15世紀の中頃は絶えず隣国モスクワ大公国と闘っている状態となり、バルト海を治めようとして来たスウェーデンとリトアニア(どちらかというと、ポーランド?)との闘いもあり、次第に疲弊(ひへい)して来て、17世紀の1600年代中頃には経済的にも人口的にも危機に直面してしまうようですワン Σ
ノノ。
スウェーデンとポーランドとの闘い、1605年の「Battle of kircholm」はwikipediaにも出ていますワン(英文ですが…ぜえぜえ![]()
)。
そしてこの頃ほとんどリトアニア大公国は敵の兵士たちに占領されてしまっている状態となり、結果として人口の40%が疫病や飢餓でも お亡くなりになっていったらしいですm
m。
更に これらの結果として、税金の不足により無政府状態に Σ
ノノ
。
そんな国を支えて来た、歴代リトアニア大公の一人の絵ですワン↓。

お次ぎは、誰コレ?と調べまくりをしてしまった大公様ですワン↓。

ほとんど潰れて読めない文字と、お顔の絵とを調べて行った結果、上の絵の説明書きは「お名前が、ラテン語表記」になっているから判り難かった…と判り…我ながら不毛な闘いをしているなあ…と、グッタリですワン
。
ラテン語表記で「Sigismundus Augustus」は、「ジグムント2世」でWikipedeiaに出ておりましたワンm
m(wikipediaさんにも、お世話に なりまくり
)。
ちなみに この絵を描いた人は不明で、18世紀に描かれた…?と見えますワン。
お次ぎは、華やかな色彩で表現された、リトアニア大公様↓。

周囲に縁取られた紋章も素敵な、どちらかというと漫画チックな絵ですワン
。
次回は…2つの民族の国家…のパネル展示の予定でございますワン
ノ
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この記事は『09年5月頭頃のチェコのルズィニェ空港、搭乗前のリトアニア特集パネル展示見学その17「Century of might」』の続きです。
パネル17枚目の記事、手直ししてみましたワン
ノ。
ペースがものすごく遅いのは、英語と格闘しているから、ということもありますワン
。
今回は写真を撮り始めて18枚目のパネル、「Lithuania's modernization」、近代化するリトアニアですワン。
近代化とはいえ、15世紀の1400年代〜16世紀の1500年代頃、今から およそ500〜600年前のことらしいですワン Σ
ノノ。
ともかく、この時リトアニアとって実に様々なことが
それでは、チェコとリトアニアと周辺国の入った地図ですワン↓。

今度はリトアニアの地図ですワン↓。

「LIthuania's modernization」のパネル全面ですワン↓。

でも、こちらのパネルもアップ目で別撮りした写真が無く、小さい文字が潰れて読めないため…向かって右側の写真以外のものを拡大して お送り致しますワンm
m。
まず、パネル向かって中央下の絵地図を拡大したものですワン↓。

こちらは1581年頃に描かれた鳥瞰図(ちょうかんず)のようですワン。
ご興味のある方は、現在の地図と照らし合わせて見て下さい![]()
![]()
340KBの重い画像で恐縮ですが、次の2つも重いですワン
。
お次ぎは、ビュリニュス大学絵を拡大したものですワン↓。

そうか…少なくとも160年前から、この形だったのですね![]()
。
建設された時期は、もっともっともーっと古いらしく、この大学が開かれたのが1579年だそうですワン。
そして その頃の名前は、イエズス会ヴィリニュス大学 Σ
!?↓

ううっ、英語難しいですワン〜![]()
。
16世紀の1500年代、初めてのリトアニア語での書物が出て来たようで、次の写真の印刷物は1547年のもののようですワン↓。

お次ぎは、コインなのかな?メダルなのかな
?↓。

16世紀の1527年に作られた、その当時(1506〜1544年)のリトアニア大公さんの姿入りのものらしいです
ノ
次回は…す、す、衰退するリトアニア…のパネル展示の予定でございますワン
ノ
。
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この記事は『ドキュメンタリーDVD「夜と霧」&「よみがえる第2次世界大戦〜カラー化された白黒フィルムDVD-BOX」』の続きです。
…首の凝りから「うつ病になる危険が…」とのweb記事を見てしまい、さすがに液晶タブレットの位置を上げられるように台を買って来て調整しましたワン
。
更に呼吸を助けるための お部屋用 ふれぐらんす も置いてみましたが…香水って日本の湿潤な気候に合っていないためか、かなり慎重に選ばないと…はっきり言ってクサいのが多いみたい![]()
。
チェコはプラハの、フローレンツ駅近くで泊まったホテルに置いてあった ふれぐらんす が、とても良い香りだったので真似てみたくなったのですが…湿度が違うから選択・調整が難しいワン(泣)。
そんな中、通販を利用してDVDを購入!と思ったら、分厚い書籍が届いて、(そのお店では)DVDが品切れ?になっていたらしく、気が付かないで書籍を購入していたというオチの、欧州での第2次世界大戦ドキュメンタリー「SHOAH(ショアー)」、その本ですワン↓。

後々、追記していきたいと思いますm
m。
以降、色々追記して行きますワン↓。
電子辞書に入っているジーニアス英和辞典では「shoah」とは、「ヘブライ語で(ナチスの行ったユダヤ人の)大虐殺」とのこと…ですが、個人的に付け加えてしまいますと、大虐殺のうちに各国の反体制派、もしくは その活動に協力したと思われる方、もしくは全く関係のない方々も、すんごく大勢含まれているようですので、ナチスが行った大虐殺に関しては「『主に』ユダヤ人」という見方で良い…わけでは無いけれど、やはり「主に」なのかな…と思われますワン
(困惑)。
ちなみに同じ電子辞書の中にあるベーシックジーニアス英和辞典・ロングマン現代英英辞典・オックスフォード英英活用辞典などと、ipadなどのアプリ、ウィズダム英和辞典には、「shoah」自体が載っていませんでしたワン。
色々な事の合間に、一番読みたかった項目から読ませて頂いておりますが、中でも一番の疑問であった「ガス・トラック」に使われた「ガス」は、アウシュビッツなどで使われていたとして超有名な「チクロンB」ではなく、一昔前の、車での心中事件などで超有名な「排気ガス」だったということが判り、思わず口をあんぐり開けてしまいましたワン Σ
。
ドイツだから工場で作られたケミカルなもの…とばかり![]()
。
「ガス・トラック」は、毒性で執行人まで倒しちゃう可能性があるから、ありえないのでは?ということで、では、どんなガスを使っていたのだろう?と思っていたのですワンm
m。
そして、なぜ一番の疑問だったのかと言うと、この「ガス・トラック」に使われたガスが、執行人も倒してしまうではないか!?ということを上げて、要は「大虐殺なんて、ほとんど でっち上げ!」と受け取れる内容の日本語で書いてあるWeb頁(現地へ行って調べている形跡、全く無しのもの)を、以前見た事があるからですワン
。
…あ"…前置きの ふれぐらんす のお話しは、この件の消化時のことを意図した訳ではありませんです![]()
。
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旅行記の修正補正と、その続きなどが遅れていて申し訳ございませんが、今回はDVDの記事なのですワンm
m
。
迷った末、カテゴリー「映画・テレビ」にしてみましたが、ドキュメンタリー映像なのですワン。
さんざん悩んだ挙げ句、やっと通販でゲット致しました
↓。

写真向かって右側のDVD-BOX「よみがえる第2次世界大戦〜カラー化された白黒フィルム」の発売情報を事前に下さった恩師様にも、大感謝なのですワンm
m
。
写真向かって左側のDVD「夜と霧」は、やはり第2次世界大戦でのナチスドイツの作った強制収容所などの、かなり古いドキュメンタリー映像で…とあるWeb頁から得た情報で、一度ビデオレンタルで観て結局DVDを買う事になりましたワン。
実は そのWeb情報で、まだ至る所に強制収容所が博物館として残っていて観に行く事が出来るということで、あちこち行ってみることにしたのですが、今年の春頃にそのWeb頁が消滅してしまっていることに気が付き、ものすごいショックを受けていたのですワンΣ![]()
。
個人的に かなり貴重な情報を公開されていたWeb頁だったので、至極残念なのです![]()
(がっくり)。
ちなみに、そのWeb頁を公開されて居た方は「SHOAH(ショアー)」というドキュメンタリー映像を大学の講義で観て興味を持ち、大学在学中に働いて貯めた資金で、冬場に欧州の各地にある強制収容所博物館をくまなく巡る旅をして、Web公開に至った経緯があるとのことでしたワン
。
…ブログを書いていて、まだ「SHOAH(ショアー)」を観ていないことに気が付きましたワンΣ
ノノ
。
…ということで注文致しましたワン。
たまたま明日まで通販5%offだかポイントが何倍とかになっていましたので、…ポイントは ともかく、通販だし少し安価でお得に手に入れる事が出来ますワン
(こうしたDVDは、ほとんど店頭に置いていないし)。
そういうことで、色々と きっかけとなったWeb頁を公開して下さった方々にも大感謝なのですm
m
。
あ"あ"あ"っ、「戦場のメリークリスマス」も未だに観ていないことも思い出しましたワンΣ
ノノ
。
追記…「SHOAH(ショアー)」DVDは品切れ?となっていたらしく…届いたのが分厚い書籍の方で、注文時に よく確認していなかったようです![]()
。
パラパラと見ると、こちらも かなり貴重なドキュメンタリーのよう…本格的に読む前にハラハラしておりますm
m。
更に追記…書籍である「SHOAH(ショアー)」は書籍であるので、DVDと違って通販お得設定になっておらず、2,800円であるところ、2,940円と なっておりましたワン
。
でもポイントが少し高めに付くキャンペーン中でありました…ということで大変失礼致しましたワンm
m。
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首の周辺が凝ってしまって、あんまり動かせない上に風邪ひきぎみの絶妙に体調がすぐれない最中、昔大変お世話になった方の法要・お墓参りに浅草へ行かせて頂きましたワン
。
お世話になっていた方々が一同に集まる、懐かしい顔ぶれにも お会いしつつ、ビールをガフガフ飲んでいましたら、なぜだかパワーが復活しましたワン![]()
。
お亡くなりになられた方と、その関係者の皆々様に、逆にパワーを頂戴したようで、有り難や有り難や なのですワンm
m。
当日撮ったものではありませんが、そんなパワーを少し お裾分けなのですワン↓。

あ、この記事の元画像は かなり大きめにしてありますので、クリックされる際は ご注意下さい![]()
。
大きめ画像を元のサイズに戻す際は、画像右上のバッテン印をクリックして下さいませ
ノ。
タワーの正式名称は「スカイ ツリー」でした![]()
。
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画像を沢山貼付けて、ブログを開く際に重くなってしまいましたので、お猫様画像を一つ入れますワン
。
そして前日の記事、wikipediaで色々調べ直していると…加筆修正しなければ…と思う箇所がありましたので、もう少し手を加えますワンm
m
。
それでは、今から丁度一ヶ月前の長男猫の写真でございますワン↓。

この日は涼しかったらしく、羽根は止まっておりまして…私がカメラを構えているのが嫌だった長男猫が、たまたま扇風機の前で そっぽを向いている写真なのでした(まぎらわしい![]()
)。
(本当に暑い日は、扇風機から かなり離れた位置に寝転がって、扇風機の微風に当たって寝ていたりもしますワン
。)
…もうこの時には、秋になっていたのね![]()
(ほろり)。
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この記事は『09年5月頭頃のチェコのルズィニェ空港、搭乗前のリトアニア特集パネル展示見学その16「The birth of Lithuania」』の続きです。
しばらく間を空けて、ごめんなさいですm
m
。
パネル27枚分のうちの、まだ17枚…あと残り10枚…今月中に全部アップ出来れば御(おん)の字…という方向で、後退しておりますワン(((![]()
。
課題の一つを終えた後、調べものをしていたら風邪をひき掛け、首周辺が凝ってアイタタタ状態で、目の下のクマが治らないという怪奇現象が起きているだけなのですワン
ノ
。
季節の変わり目は怖いですワン、どうか皆様も怪奇現象にはお気を付け下さいませm
m。
今回は、写真を撮り始めて17枚目の「Century of might」こんな感じだったかもしれない世紀、の、パネルですワン。
このパネルも特にアップ目で撮らなかったため、小さい文字が潰れて説明書きが読めず、中途半端な記事となっておりますワン
。
でも、このパネルにおいて判ったことは…これ
ノ↓。

左はリトアニアの大公ヨガイラさん、右はポーランドの女王ヤドヴィガさんのつもりで、14世紀の後半 1385年に、大公ヨガイラさんはキリスト教へ改宗してヤドヴィガさんと政略結婚し、ポーランド=リトアニア連合が作られたらしいですワン![]()
![]()
※。
ヤドヴィガさん、こう見えても多くの言語を操れるよう教育され、信仰も厚かったようですワン![]()
ちなみにポーランド人の男性は、女性の手に接吻(せっぷん)をするものらしい…金髪碧眼だったために、幼い頃ポーランドからドイツへ連れて来られた男性の手記ノンフィクション本「ぼくはナチに さらわれた」より…、ということで、ポーランド式の構図にしてみましたワン
ノ。
追加…「ぼくはナチに されわれた」の本のカバー写真は、ブログ記事の右横にある「カテゴリー」内の「書籍・雑誌」をクリック、その中に入っておりますワン。
※…クリスマスといえば、ケーキ…ということで、キリスト教に関わる事には
マークを入れたりしますワン。
チェコとリトアニアとその周辺国の入った地図ですワン↓。

今度は、リトアニアの地図ですワン↓。

それでは、「Century of might」のパネル全面ですワン↓。

そのパネルの下部にある、地図ですワン↓。
大国ということは勢いに任せている時は良いけれど、まとめるのも大変という…こ、こんな時代あったのね
?![]()
そのパネルの、英文説明書きを拡大したものですワン↓。

…そして、上の英文を調べていると、Webで「ドイツ騎士団wiki」を見始め、次に「ポーランドwiki」を見始め、次に…と、際限が無くなって…中途半端で見ていても首が凝ってしまう状態になりますワン
。
追加…パネル下部の地図の「Teutonic order」が、「ドイツ騎士団」に当たるようですワン。
でも、リトアニアとポーランドって、この頃から仲が良いのだ…と確認出来て?、思わずニンマリしたりもしますワン
。
追加…と思ってwikipediaで調べ直しましたら、この結婚の約半世紀ほど前の14世紀(1316〜1341年)には、リトアニアの大公 Gediminasさんがこの頃、お隣の国のポーランド王と組んで、「Teutonic order(ドイツ騎士団)」と闘っていたり、現在のウクライナ・ベラルーシ付近に領土を広げたりしていたようですワン
。
英文の、向かって右横の線画を拡大したものですワン↓。

残念ながら、数字も潰れて年数が判りません![]()
。
次、更に向かって右横のカラー絵を拡大したものですワン↓。

じゅ…17世紀?に描かれた、リトアニアのヴィータウタス大公の絵らしいですワン
。
彼は、父を(上記の)ヨガイラに殺されつつ、そのヨガイラからリトアニアを任され、国の軍備を増強、領土の拡張を進めた、波瀾万丈な人だったようですワン。
お次ぎは向かって左下の絵と写真を、拡大したものですワン↓。
向かって右の写真は、キリスト教布教のもののようですワン † 。
昔の建物の形が判るので拡大してみましたが、向かって左側の絵は…街が燃えている絵かな?
。
戦乱の世の中だったようですワン
†
。
次回は、リトアニアの近代化…16世紀頃の説明パネルらしいですワン
ノ。
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この記事は『09年5月頭頃のチェコのルズィニェ空港、搭乗前のリトアニア特集パネル展示見学その15「Lithuania:culture and history」』の続きです。
今回は、写真を撮り始めて16枚目のパネル「The birth of Lithuania」でございますワン。
とはいえ、こちらもアップ目で撮った写真が無いため、中途半端な記事で申し訳ございませんm
m。
まずチェコとリトアニアとその周辺国の入った地図ですワン↓。

一応リトアニアの地図も入れておきますワン↓。

それでは、「The birth of Lithuania」のパネル全面ですワン↓。

…しかしアップ目で撮らなかったため、小さい文字はほとんど潰れてしまい、何が何だか判らないものも沢山ですワン
。
まず、ちょっと興味を引かれる、一番下の地図の拡大したものから↓。

お次は このパネルの説明英文で、出来るだけ文字が潰れないよう 312KBにしてあるので、重い写真ですワン↓。

宗教にもウトいもので、欧米の方々に笑われても説明入れちゃいますが、キリスト教の Archbishop(大司教)Bruno(ブルノ)さんが、1009年にリトアニアに、布教しに来たらしいのですが、その後、Bruno(ブルノ)さんはロシアとリトアニアの国境付近で(他の宗教の者に)殺されてしまい、結局リトアニアのキリスト教化は13世紀になってから…というような事が書かれているようですワン。
そして13世紀、1253年に Mindaugasさんがキリスト教に改宗して、リトアニア初の王様
になったらしいワン。
そうすると他の宗教を持つ者は(キリスト教信者にとっては異教の存在であり)敵であるので、殺して(国から排除して)しまったそうな…Σ
ノノ
。
お次ぎは、血判の入った…ように見える文章と、謎のレリーフ写真を拡大したものです
↓。

文字が潰れてしまって何なのかよく解らないけれど、1255年のものらしいワン![]()
。
お次ぎは向かって右上の絵画の拡大したものですワン↓。

お次ぎは、左中間の絵画を拡大したものですワン↓。

横線2本が目立つ、十字架にも注目ですワン
。
最後に…左下の写真を拡大したものですワン↓。
黒い棒は12世紀〜14世紀初頭くらいのもので、右側のツボとかは5世紀〜8世紀?くらいのものらしいですワン。
とにかく、歴史を記すのには宗教と切り離せない関係らしいですワン![]()
。
次回は…「こんな感じだったかもしれない世紀」…のパネル展示の予定でございますワン
?。
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追加…エリザベス1世をよく知らないけれど…という方は、映画「ブーリン家の姉妹」を観ると、エリザベスの産まれた境遇が、ふるえるほどよく解る…かもしれませんワン(映画なので史実をちょっと変えてあるようですが)。
そして彼女は その後、ものすごく優秀な女王として名前を残す事に…![]()
![]()
。
…お話を戻しまして、ペットが怪我痕とか手術痕を舐(な)めてしまわないように、首に巻くのもエリザベス・カラーと呼ばれる、通常プラスチックとかで作られた薄くてデカイ襟(えり)ですが…今回、浮き輪タイプなるものを試す時がやって参りましたワン。
約2〜3ヶ月前に、持ち前のドジっ子プレイを発揮して、食器棚の上へのジャンプに失敗、中間にある引き出しの取っ手にアゴをぶつけたらしい長男猫![]()
。
病院に行くまでも無いアゴ傷が、治りかけるとカユくて掻きむしるのを繰り返し、とうとう、あちこちに血しぶきを撒き散らすようになりましたワンΣ
ノノ
。
ドジっ子のクセに知能犯な奴なので、普通の薄いエリザベス・カラーなんかは片手で取ってしまうため、空気を入れて膨らます 浮き輪タイプのエリザベス・カラーを購入、装着致しましたワン↓。

なんか、本当に浮き輪に見えますワン。
ワザと狭い所に潜り込んだりして外してしまうこともありますが、膨(ふく)らませて厚みがある分、手足で外すしてしまう事も あんまり無く、これで冬になる前に何とか完治して欲しいところですワン
。
2重構造で破れ難く、塩化ビニール製で汚れは拭き取りだけでOK、ゴム臭いのさえ我慢出来れば、なかなか良い製品ですワン
。
この製品はアメリカから取り寄せているそうで、でも中国で作られている表示があるのですワンΣ
ノノ。
ちなみに私がこの製品を取り寄せたお店が兵庫県にございまして、産み出されて手元に届くまでに、想像も付かないような、すご〜い長旅をして来たらしいワン
。
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某各駅電車に乗り、ふと上を見上げると…ひときわ目を引く、車内吊りポスターがありましたワン
↓。

スゴい…冠がケーキに見えるよ、ありえない…![]()
(ガクガク)。
千葉市美術館のweb頁を拝見させて頂きましたが、チケット情報等々の告知は ポスターの方が判りやすく書かれているようですので、文書の拡大した部分も載せておきますワン↓。

そういえばチェコの通貨はチェココルナ、ハンガリーの通貨はフォリント、間にあるスロヴァキアは2009年1月1日からユーロ通貨らしいです![]()
。
一応地図を載せておきますワン↓。

懐かしくなって、国際列車がブラチスラヴァ駅付近に差し掛かった時の写真も載せちゃいますワン↓。

通過しただけだけれど、車内であった、この国のお姉様との ほんのちょっとした交流も懐かしいスロべンスコ〜![]()
![]()
…何とか観に行きたい展示会ですワン
ノ
。
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この記事は『09年5月頭頃のチェコのルズィニェ空港、搭乗前のリトアニア特集パネル展示見学その14「An informative exhibition〜」』の続きです。
日本国の天気予報のブログパーツを、うざいくらい各種沢山付けてみましたワン(お天気予報大好き&作った人たちスゴいです
)。
降水短時間予報もカーソルを合わせると、地方が選べたりしますワン![]()
。
世界天気図ブログパーツも欲しいところですワン(欲張り過ぎ
?)。
今回は、写真を撮り始めて15枚目のパネル「Lithuania : culture and history」でございまして、前回の14枚目と「同じ写真の、向かって左側」を使っているんじゃないかな?ということが判りましたワン
。
それでは、チェコとリトアニアとその周辺国の入った地図ですワン↓。

一応リトアニアの地図も載せておきますワン↓。

全編を通してなのですが、このパネル展示、普段の記事より画像重視しているものがあるため、写真データが重いものが多くて申し訳ございませんワン(画像が開くまで何秒か、掛かってしまいます)
。
ではでは、「Lithuania : culture and history」のパネル全面ですワン↓。

前回の14枚目に撮った、パネルの写真を並べてみましたワン↓。

少し間の部分が抜けているけれど、やはり同じ写真の分割したもの…と、思われますワン。
今回のパネルの建物を、一部拡大したものですワン↓。

そして、その歴史的様式を持つ建物の背後には、超直角に こだわった、建物が並んでおり、この国の色々な歴史を色濃く物語るのですワン…。
…ついでに…上の写真の、下部分の拡大したものですワン↓。

次回は、「リトアニア誕生!」なパネル写真展示の予定でございますワン
ノ。
…でも、これもアップ目で写真を撮っていないため、かなり半端な記事になりますm
m
(予言
)。
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この記事は『09年5月頭頃のチェコのルズィニェ空港、搭乗前のリトアニア特集パネル展示見学その13「Castle mounds」』の続きです。
じゅ…10月になってしまいました
〜
。
今回のを含めて残りのパネル数は…約半数の14枚、やっと折り返し地点ですワン
。
今回は写真を撮り始めて14枚目のパネル「An informative exhibition marking 1000years Lithuania in history」ですワン
ノ。
このパネルはタイトルと、リトアニアご自慢の建物写真のみ、英文説明無しなのですワン
。
念のためチェコとリトアニアとその周辺国の入った地図を入れておきますワン↓。

一応リトアニアの地図も入れておきますワン↓。

それでは、手をスリスリしながらパネル「An informative exhibition marking 1000years of Lithuania in history」の全面ですワン↓。

少し紅葉した?木々に囲まれる、美しいリトアニアの歴史的な建物にウットリ![]()
。
…しかし気になるものを発見!、拡大したものをどうぞ
ノ↓。

何だろうコレ!?、十字架の代わりなの
ノノ!?
。
一応、当ブログのアドレスを上乗せする以外の加工はしていませんワン
。
もしリトアニアへ行かれる方がおられましたら、かなりズーム機能のあるカメラで、この建物の塔を追い掛けて見て下さいませ
ノ。
最後に、…確かルネサンス様式の市壁の一部を拡大したものを↓。

これはルネサンス様式のシンボル?…ではなくて、市壁だから「この扉の中には高貴かつ重要な方々が居られる」とかいうことなんでしょうか
?。
次回は…あら?、次回のパネルも写真一枚っぽいですワン
ノ。
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